20 サザンカ
この日、カインがアリサの執務室を訪れるとアリサは仕事をしていなかった。
隣にはヒューがいて、二人で談笑をしている。
「カイン、来たのね。ねえ、村のサザンカが見頃なの。三人で見に行かない?」
カインに気付いたアリサが笑いかけた。その笑顔を眩しそうにカインが見つめる。
「カイン?」
アリサに呼ばれ、カインは慌てて表情を繕った。
「もちろんだよ。三人で、行こう」
村は魔王城の中と違い、もうすぐ冬が訪れるのだとはっきり分かる空気になっていた。
魔王城から村へは道が整備されている。
アリサは村の食料問題を解決した後、真っ先にこの道を整備したのだと話した。
「私が村へ行くのに疲れちゃうから」
そう笑った。
嘘だ、とカインは思った。ロイドを一回で王都まで送れる魔力を持っているのだ。村まで歩かず転移で移動するくらい、造作もないはずだ。
昔から、誰かのために動くのは変わらない。
村は簡素な造りの家が建ち並び、子供が広場を駆け巡り遊んでいる。子供は全員角が生えている。
「あの子たちは皆、私がおしめを替えたのよ!」
自慢してくるが、どこの世界に平民の子のおしめを替える貴族令嬢がいるんだ。一瞬遠い目になる。アリサを挟んで向かいにいたヒューはもう腹を抱えている。
もう! と頬を膨らますアリサはとても可愛らしい。金の髪と緑の瞳を失っても、昔と全く変わらないとカインに実感させた。
村の端にサザンカが群生しているところがあった。村人が定期的に世話をしているらしく、枝葉はきれいに整えられていた。
「この木は村の象徴なの」
と、アリサは言った。サザンカには、古くから『困難に打ち勝つ』という意味がある。辺境の地で、誰からも見捨てられたような貧しい土地。
アリサが来る前はひどい状況だったのだと、村人たちが口々に語っていたのを知っている。
「二人とも、ごめんね」
ぽつりと落とされた言葉にアリサの顔を見る。視線はサザンカを向いていた。
「約束、守れなくて」
遊びに行く約束。明日を楽しみにしていた時間。届かなかった手紙。
その時の気持ちがぶわっと胸から溢れ出てきた。
「ばかやろう!」
悪態をつきながら、思わずといった様子でヒューがアリサを掻き抱いた。ヒューは泣いていた。
アリサも口元がふるふると震えている。涙がこぼれそうになる瞬間、顔をヒューの腕に押しつけた。
「俺たちは知ってるよ。アリサが、約束を破ったんじゃないって」
破らせたのは、ダリオだ。
アリサはずっと、約束を守っていた。あの日、侯爵邸で見つけた手紙は王都にあるカインの私室に眠っている。
「それに、ほら。今約束を果たしてくれているんだろう?」
三人で村を歩く。花を見る。他愛ない話をする。
それは五年前、三人がずっと一緒にいた頃と何も変わらなかった。
「ずっと、ずっと苦しかったの。会いたかった……三人で、笑いたかった」
五年間、ずっとカインも同じ思いだった。ヒューも同じだっただろう。二人とも言葉にすることはなかったけれど。それでも、アリサを探すことをやめなかった。
アリサはヒューの腕に顔を埋めながら、こくりと頷いた。
それだけでもう、カインは幸せな気持ちになった。
「……ところでさ、二人でずっと抱き合ってるのズルくない? 俺も混ざる!」
「は?! オレに男と抱き合う趣味はねぇ! 離れろ――!!」
ヒューの叫びが村に響き渡った。村人たちは三人の様子を微笑ましそうに見守っていたのだった。




