2 ようこそ、魔王城へ
「ちょっと、ヒュー! あなたがついていながらどうなってるの、コレ!?」
リンは目の前の光景が理解できなかった。
魔性の美貌を持つ女が、仲間であるヒューの胸ぐらを掴んでガクガク揺さぶっているのだ。
「アリサ、ひどい! やっと会えたのに俺を無視しないで?」
「うるさい! 勇者のくせに世界滅ぼそうとするやつは黙りなさい!!」
……魔王が勇者に説教してる。
アリサもカインも、揺さぶられっぱなしのヒューが魂を飛ばしかけているのには気づいていない。
「くっ、魔王め! 洗脳を使ったのか?!」
ロイドが叫ぶ。
カインの様子は確かにおかしい。
だが、魔王の様子はもっとおかしい。
私も、意識飛ばしたいな……。
とうとう旅立ったヒューとそれに気づいて慌てる魔王を眺めながら、リンは見えない天を仰いだのだった。
※
「改めて、ようこそ魔王城へ。
今代魔王のアリサです」
にこりときれいな三日月型の笑みを浮かべる魔王が自己紹介した。
ここは、魔王城の来客用食堂、だそうだ。
「失礼いたします」
音を立てずにメイドがティーカップを置く。
クラシカルなお仕着せを着て、洗練された動きで紅茶を配る彼女の額には禍々しい赤の角が生えていた。
「ま、魔族がお茶を……?」
ロイドの思考は完全に限界を迎えていた。無理もない、この王城勤めでも遜色ないほど洗練された動きのメイドは、人類の大敵である魔族なのだ。
「皆さま、よかったら召し上がって。
人間の街から仕入れていた紅茶よ。もちろん、鑑定をかけて構わないわ」
今度は、いたずらっ子のように笑った。まるで邪気のない、普通の人間のように。
ロイドはさっそく鑑定のスキルで人体に有害なものがないかチェックしている。
そして、「何も問題がないだと……?」と呆然と呟いた。
「問題があるわけない。アリサなんだから」
ロイドが鑑定をかけるより前にひょいとティーカップを傾けたカインが当然のように笑う。
「あの、勇者様。魔王とは知り合い、なんですか……?」
リンは耐えられなくて聞いた。
魔王とは悪の力に魅入られた人間が世界認定されるのだ。
聖女教育の中でも、魔王となった人間は残虐な性格で力に飲み込まれ元の人格すら失う場合もあると習った。
それがどうだろう。
目の前のアリサと名乗る魔王は、まるでただの人間だ。
髪の毛の色こそ闇に染まっているが、洗練された佇まいは貴族令嬢のようでさえあった。
「俺とアリサは幼馴染なんだよ」
「ヒューと三人、いつも一緒にいたわね」
優雅な仕草でティーカップを傾けていたアリサが懐かしそうに目を細めた。
「アリサ、オレはちゃんと止めてたよ。
言うこと聞かないのなんていつものことじゃん。オレを責めないで欲しかったなぁ」
「そうね、そうだったわ。ごめんなさい、ヒュー」
ヒューまで普通に接している。
隣でロイドが「何故だ……魔王の魔力は確かに感じるのに……」などとブツブツ呟き一人の世界に入っている。
「アリサ様、お部屋の準備が整いました」
「ありがとう。さあ皆さん、今日はお疲れでしょうから泊まっていってください。
もちろん、鑑定で安全を確認してくださって結構です」
メイドの一人がアリサに声をかけた。アリサは鷹揚にうなずき、勇者一行に向き直った。
自分が信用されないことを、アリサは当然のように受け入れていた。
疑われることに傷つくのでもなく、怒るのでもなく。
リンは聖女だ。目の前の人物から感じる魔王の魔力は当然感じている。
それなのに、アリサ自身を気味が悪いとは思えなかった。
そうではない。何かが違うものなのだ、と。
リンも鑑定のスキルで紅茶の安全性を確認した。ロイドが何故だと頭を抱えていたように、確かに何の問題もない、むしろ質のよい紅茶だった。
「私は本当に魔王城に着いたのか? まさか幻影を見せられているのでは……」
あまりにおかしい状況に、ロイドはとうとう現実を疑い始めた。
リンは、心の底から同意した。




