17 意識の変化
「――というのが、五年前の真実」
まるで、雑談を締めくくるような軽い口調でカインは言った。
いつの間にかヒューも執務室に入ってきていた。腕を組んで、カインの様子を眺めている。
「そんな……」
リンは思わず声が漏らした。
こんなの、こんなのひどいではないか。
魔王アリサは、魔王ではない。守ろうとした母を亡くしたただの傷ついた少女だ。
執務机の前に座っていたアリサは俯いている。カインが語った過去の話で、記憶を揺さぶられたのか。両の腕で自分を抱きしめて、震えていた。
「……い」
アリサの口から声がこぼれた。
「怖い! なんで当時の私の心情まで正確に表現してるの?! え、こわ! 本当にこわ!!」
「え、そこ?」
ヒューが爆笑した。笑われたことについてもアリサは憤っていた。
「いやいやいやいや、だってヒュー、怖いでしょう! 邪法? 邪法なの?! 止めてよ、ヒュー!! ちゃんとカインの面倒を見て?! 邪法使う勇者とかありえないでしょう!!」
勇者認定の直後に魔王認定された人物の言うことではない。
ロイドを見れば、完全に意識が飛んでいた。指でつつけば、砂になってサラサラと風に飛ばされていきそうだった。
「勇者の力止めるとか無理だろ。オレ、討伐されちゃう」
「勇者の力?! え、人の心情盗み見るのが?!」
「そうだよ」
軽く流すヒューに、激昂するアリサ。それをカインはひと言で止めてみせた。
いや、違う。アリサだけがピシリと固まった。
「歴代勇者の記憶が見えるんだ」
カインはアリサを優しい眼差しで見つめた。勇者の力が馴染むと、だんだんと歴代の勇者の記憶が流れてきたのだと言う。
「ちなみに、セレス家の初代。勇者の隠し子だった」
「ちょ、知らない! うちの初代そんな秘密あったの?!」
道理で五男の割には優遇されていたのか……、とアリサは頭を抱えていた。
「五年前の事件は、バルク侯爵が魔王だった……? 魔王は一度、倒されていたのか……」
ロイドはまだ現実に戻ってきていないようだった。たぶん、まだ、戻ってこないほうがいい。彼には刺激が強すぎる。
そして、リンはアリサを見つめた。まるで普通の人間のように表情豊かで、魔族に教育を施し、善政を敷く悪の結晶と教えられてきた存在。
もう、魔王とは呼べそうになかった。
※
ロイドが正気に戻ったのは、あれから半時が経った頃だ。
魔王の執務室、そこの応接ソファに座らされていた。
テーブルには紅茶がセットされていたが、すっかり冷めてしまっていた。
「新しいお茶をお淹れします」
ロイドが戻ってきたことにいち早く気付いたメイド長が、慣れた仕草で冷めた紅茶を下げ、新しいものに淹れ直す。
湯気の立つ紅茶からは芳しい香りが漂ってきた。
「ありがとう……」
素直に感謝の言葉が出た。もう、鑑定をかける気にならずそのまま紅茶に口をつける。
美味しい紅茶だった。
ロイドにとって、勇者は絶対的な善だった。そして魔王は絶対的な悪。
それがこの魔王城に来てからというもの、ハンマーで木っ端微塵に粉砕されたあと、念入りにすり潰された気分だった。
カインの話を聞いて砂になりかけながら、魔力をこめた目でアリサを見ると、確かに魔王の魔力の隙間から勇者の力が見え隠れしていた。
カインの話が真実であることの証明だった。
正気に返って、ロイドは情報を整理した。
五年前の勇者敗退事件、舞台となったバルク侯爵家の話は聞いたことがある。
しかし、詳しい内容までは知らない。
調査が必要だ。
魔王と勇者の力が混在するアリサを見た。未だに書類に囲まれて高速で手を動かしている。
「まお……アリサ殿。貴殿のことを調査させてほしい」
「え、解体するの?!」
「しない!!」
ロイドは思わず、空を切る裏拳でツッコミまでしたのだった。




