16 魔王は勇者に倒される
「素晴らしい、力が湧き上がってくる」
赤黒い稲妻を纏わせながら、ダリオは恍惚とした表情で呟いた。
ベッドに倒れ込んだ母にはもう目もくれない。
「文献の通りだ……、やはり私は選ばれた存在だ」
魔王に関するものが残っていたのだろうか、バルク侯爵家は歴史ある名家だ。魔王や勇者、現在は王都の禁書庫に保管されるような文献が残っていることもあるのかもしれない。
それでも、アリサには理解できない。人でなくなることが、そんなにも嬉しいのか。
「さあ、アリサ。余計なものは片付けた。ドレスを着なさい。
……私が手ずから着せてあげよう」
ヒュ、と喉が鳴る。腹の中をマグマのような感情が渦巻いている。口を開けば、それらが噴き出しそうだった。
「緊張しているのか? ふふ、優しくしてあげよう。
大丈夫、邪魔するものは私が片付けてあげよう。……今までも、これからも」
ダリオの言葉を聞いた瞬間、アリサの頭の中で、記憶があふれ出した。
母が婚姻の打診を断ろうとしたこと。その直後に起きた伯父の治水工事の失敗。救いの手を差し伸べたダリオ。あまりにも急な輿入れ。
そして――届かなかった手紙。
それらの記憶が一本の線のように繋がっていく。
「まさか……」
愕然としたアリサの表情で、何に気付いたのか悟ったのだろう。
嬉しそうにダリオは両手を広げた。
「そうだ。全て私がやったんだ。なかなかリーサが折れなかったから骨が折れたよ。
まあ、選ばれた私が失敗することなどあり得ない。今までずっとそうだったからね」
治水工事の失敗では死者も出ている。母を手に入れるために、この男は手段を選ばなかった。
「大丈夫、これからもずっと私が愛でてあげよう。やっと手に入れた美しい花なのだから」
この男は、本気でアリサが喜ぶと思っているのだ。ダリオに選ばれ、観賞用の花として愛されることを。
そして、そのためならその他全てを傷つけて構わないと思っている。
――だめ。
強く思った。
母の笑顔を思い出す。
――もう誰も、傷つけさせない。
カインとヒューの顔が浮かんだ。
私が、守る――!!
身体を光が包んだ。
強い、白銀の光。アリサを中心に渦を描くように広がっていく。光は一度収縮したと思ったら、ドォォン!!と激しい音を出し、天に昇った。
――閾値、到達。勇者認定ヲ承認シマス。
頭の中に、無機質な声が響き渡った。
※
「素晴らしい……さすが私が選んだ花だ。美しい」
ダリオは、アリサの周りに白銀の光の残滓が舞う光景に高揚を覚えた。
ただ美しいだけではない。特別な力を持つ花だ。選ばれた自分に相応しい。ダリオは本気でそう思っていた。
もっと早くリーサを処分すればよかったとさえ思った。せっかく苦労して即死の毒を手に入れたが、魔王の力が手に入ると分かっていれば弱化の毒すら必要なかったのだ。
ダリオと同じように、世界の声を聞いたのだろう。少しの間、呆然と天を見上げていたアリサがこちらへ向き直った。
早く、飾りたい。
「ああ、早く私の手で手折りたい……」
これからアリサを自分の手で飾り、自分だけのものにする。
近い未来を想像し、口元が緩んだ。
アリサはダリオを見ていなかった。
ダリオの後ろだ。リーサを見ている。
「アリサ、それを気にするのはやめなさい。もう処分したものだ」
「処分?」
こてり、幾分か幼い仕草でアリサが首を傾げた。
「ああ、そうだ。君も古くなった花は片付けるだろう? いらないものは、捨てなければならない」
「古くなった、花……」
アリサの声は何の感情も乗っていなかった。壊れたからくりのように、ダリオの言葉を復唱する。
「ならば、あなたは?」
アリサの瞳にようやくダリオが映った。ダリオは背中がゾクゾクとした。これからあの美しい瞳は、自分だけを映すのだ。
と、アリサの口元が美しい弧を描いた。
「古い花は、捨てる。魔王は勇者に斃される。
早く、舞台から消えてくださいね?」
白銀の光に包まれた。
ダリオが、光の奔流に全身を貫かれているのだと気づいたのは、意識が消える直前だった。
※
ダリオは、母を古くなった花だと言った。
美しく、優しく、毅然とした母。
自分が殺されると分かっていたのに、アリサに逃げろ、と言った母。
それまでも、ずっとずっとアリサは母の愛に守られていた。
それを、捨てると言ったのだ。この男は。
おかしくなった。
口が勝手に笑みを描く。
魔王と勇者。揃えばあとは魔王が斃されるだけではないか。
この男こそ、いらないものだ。
母を手に入れるために、罪のない領民を殺した。アリサを手に入れるために母を殺した。
昔から、欲望のために他者を虐げてきた、この男こそ!
「古い花は、捨てる。魔王は勇者に斃される。
早く、舞台から消えてくださいね?」
死ね、と思った。
初めての思いは、今まで抱いてきたどの感情よりもずっと強かった。
だから、アリサは思ったのだ。
勇者の白銀の光を、殺意を持って使った私を。
一瞬でも、守りたいと思った気持ちを忘れた私を。
白銀の光が舞台から退場すべき男を貫く中。
アリサの周りを赤黒い稲妻が纏わりついた時。
――閾値、到達。魔王認定ヲ承認シマス。
頭の中で無機質な声が響いた。
世界は私を、許さない。
シリアス展開にお付き合いいただき、ありがとうございます。
次回から通常運転です。




