13 字が乱れた手紙
その日は雨が降っていた。
騎士の服に袖を通し、詰所に向かう準備を終えたカインは窓から外を眺めた。
明日、アリサとヒューと三人で街に遊びに行くのだ。晴れるといいな、と思った。
コンコン。
「カイン、入っていいかしら?」
母の声だ。「どうぞ」と短く応えると、母が侍女を伴って入ってくる。
侍女は手紙を載せたトレーを持っていた。
「アリサからお手紙よ」
そう言って母は、載せられていた手紙のうち一枚を手に取った。しかし、その顔には影が差し、カインを不安にさせた。
「カイン、リーサの再婚が決まったわ。アリサは、婚家に一緒に入ることになったの」
友人の再婚を喜ぶ顔には見えなかった。
「昨日、急遽婚家へ発ったの。セレス家の使用人がこれを持ってきてくれたわ」
震えるカインの手に母が手紙を渡した。
宛名の文字は確かにアリサの字だったが、彼女の心を表すように乱れていた。
「少し前からね、侯爵家から打診があったそうなの」
アリサの手紙を見つめるカインに、独り言のように母が呟いた。
「リーサの悩み、聞いていたのに……こんなに早く行ってしまうなんて」
まさに母の、心からの吐露だった。
「もう一枚は、あなたのお友達宛のものよ。渡してくれるかしら?」
同じように字が乱れた手紙を、カインは恐ろしいものに触れるようにゆっくりと受け取った。
※
ヒューは、明日どこへ行こうか相談しようとカインを探していた。
最近話題のカフェや見頃を迎えた中央広場の大花壇、三人で過ごせばどこに行っても楽しいものになるに違いなかった。
「あ、カイン! 良かった、明日なんだけどさあ……」
話しかけながら、カインの表情が暗いことに気付く。ヒューの顔を見たカインが一瞬顔を歪ませた。
「ヒュー、これ。アリサから……」
カインがアリサから手紙を預かるのは珍しくない。明日行きたいところを書いてくれたのかもしれない。
そう思ったが、手紙の字を見て受け取る手が止まった。
「アリサ、もう会えないかもしれない……」
カインの声が震えた。自分が言った言葉に怯えていた。
アリサの手紙には、母の再婚が決まったこと、侯爵家が血の繋がりのないアリサを侯爵令嬢として迎え入れることが書いてあった。そして、また手紙を書くと締めくくっていた。
「よく、わかんねえんだけど。こんな急に決まるもんなのか? 貴族の結婚」
「普通は、ない。けれど、打診自体は前からあったって……」
貴族のカインでもこれは普通ではないと思っているのだ。
「それにさ。再婚したら普通、連れ子も一緒に住むだろ」
「貴族では普通ではないんだ。血の繋がらない子供でも、受け入れればその家の人間として扱われる」
侯爵家の名前を名乗り、婚姻も侯爵令嬢として相手を選ぶ。もし、侯爵とリーサの間に子ができず、また他に跡継ぎがいない場合、アリサが侯爵家を継ぐ場合もある。
「子供を受け入れるのであれば、慎重に、何年もかける話なんだ……」
胸がざわつく。嫌な予感がした。
※
季節が一つ巡った。
カインとヒューは侯爵家へ手紙を送ったが、返事が来ることは一度もなかった。
『娘は新しい生活に慣れるのに忙しい。しばらくそっとしておいてもらいたい』
とうとう侯爵家から釘を刺され、手紙も送れなくなってしまった。
会いに行きたい。
しかし、侯爵領は王都から馬車で片道三日の距離だ。騎士である二人は正当な理由なく長い間、王都を離れることはできなかった。
カインは母にリーサからの手紙は来ているのかと聞いたことがある。
「侯爵から、『侯爵夫人になった妻の立場を考え、今後の交流を控えていただきたい』という警告が届いたわ。それきりね……」
母は悲しそうな顔をしていた。目を瞑り、ため息をつくと、呟いた。
「こんなことになるなら、あなたとアリサを婚約させておけばよかったわ」
「え?」
母の言葉に驚いて、顔を見つめる。自嘲気味に笑った母は「リーサとそうなったらいいわね、と話していた程度だけどね」と言った。
ヒューの事件の後、母とリーサは二人の様子を見て、婚約させたいと思うようになったそうだ。
急ぐことはない、二人の気持ちが育つまで待てばいい。そう思っていたと。
「もう、今となっては夢物語ね……」
母は窓から外を眺めた。その方向には侯爵領がある。
ああ、アリサに会いたい。強く、思った。




