8 書庫に眠る記録
エデュアルドの背中を追い、セシリアは静かな回廊を進んだ。
彼は大きな扉の前で足を止め、その重厚な木枠を押し開く。部屋の中には、格子の窓から射し込む柔らかな光が満ちていた。そして光の先には、壁一面を埋め尽くす見事な書架が広がっている。
エデュアルドは窓際に置かれた机へ歩み寄ると、手慣れた動作で筆記具を走らせた。一枚の白い紙が、セシリアの前に差し出される。
『すべて、好きに読んで良い』
天井に届かんばかりの本棚を見上げ、セシリアは思わず一歩、本棚へ近づいた。見たこともない装丁の本がぎっしりと並んでいる。
彼女は弾む心で、さっそく一冊の背表紙に手をかけ、引き抜いてみた。
けれど――ページをめくるうちに、彼女の顔はみるみる曇っていった。
本を棚に戻し、別のものを手に取ってみる。修辞学、弁証論、算術、幾何学、天文学。どれも堅苦しい専門書ばかりだった。
セシリアはそっと視線を走らせ、自分の愛する「物語」が隠れていないか、棚の隅々まで目を凝らした。
その時、本棚の最下段、隅の方へ押し込まれるようにして収められた一冊の書物が目に留まった。
引き出してみると、それはかなり古い日記のようだった。
表紙の革はひび割れて固く、頁はどれも焦げ茶色に変色している。
これも読んで良いだろうか、と日記を見せようとして振り返った時、すでに部屋にエデュアルドの姿はなかった。
――やっぱり、気配のない妖精みたい。
セシリアの頬が、自然と緩む。
彼女はその古びた日記を大切に胸に抱え、自分の部屋へと戻った。
さっそく窓辺の椅子に座り、そっと頁をめくる。
最初の頁に記された日付は、今から百年ほども前のものだった。当時のミクラノア侯爵が書き残したもののようだ。流麗な文字で綴られてはいるものの、そこに書かれていたのは、あまりにも生々しい戦いの記録だった。
『今日も農民たちが、ヘラジカに畑を荒らされたと訴えてきた。このままでは、飢える者が後を絶たなくなる』
セシリアは頁をめくる。
『今日は、城を挙げてヘラジカの掃討に森へ入った。森の民の抵抗は凄まじく、兵にも被害が多く出た』
『捕虜となった森の民から話を聞いた。彼らはヘラジカを“森の王”として崇拝していた――』
セシリアは時が経つのも忘れ、その未知の記録を読み耽った。
すっかり夜も更け、侍女が灯りを落としにやってくると、彼女は名残惜しそうに日記を閉じた。それを枕元に大切に置き、心地よい疲労感とともに眠りにつく。
静かに更けていく夜。城全体が深い眠りに沈んだ頃。
セシリアは、部屋の窓を小さく叩く、奇妙な音で目を覚ました。




