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6 扉の向こう

 城を巡り終えたセシリアは、自室の窓辺の椅子に腰を下ろし、所在なく外を眺めていた。低く垂れ込めた雲は一様に灰色で、時折、冷たい風が窓を叩く。


 部屋は中庭に面しており、真下には冬枯れした花壇が見えた。今はただ乾いた土が広がるばかりだが、春になったらどんな花が咲くのだろう。

 そんな想像に耽っていると、突然、部屋の扉が小さく叩かれた。


 セシリアは立ち上がり、扉の取っ手に手をかけた。けれど、なぜかびくともしない。

 ――誰かが押さえているのだろうか。


 不思議に思って首を傾げた、その時だった。

 足元で、かさりと幽かな音がした。

 扉の隙間から、白い紙が一枚、滑り込んできている。

 セシリアは身をかがめてその紙を取り上げた。

 そこには、流れるような美しい文字で、ただ一言だけ、こう記されていた。


『不自由はないか』


 直感的に、エデュアルド様だ、と分かった。

 セシリアはもう一度扉を開けようと力を込めたが、やはり頑として動かない。

 ――開けられたくないのだろうか。


 彼女は急ぎ文机の前に腰を下ろし、用意されていた筆記具を手に取った。インクを浸し、白い紙に言葉をなぞる。


『不自由はございません。皆さま、とてもよくしてくださいます』


 書き終えると扉の元へ戻り、隙間から紙を半分だけ差し入れた。

 ほんの一瞬ののち、紙は吸い込まれるように向こう側へと引き抜かれた。カサリ、と紙を指で受け止める乾いた音が響く。


 セシリアは扉に耳を寄せ、次の音を待った。けれど、いくら待っても廊下からは何の気配も返ってこない。


 しばらくして、そっと取っ手に手をかけると、今度は驚くほど静かに扉が開いた。

 けれど、薄暗い回廊にはもう、誰の姿もなかった。

 ――まるで、気まぐれな妖精のよう。


 いや、妖精にしては、あの朝に見た彼は随分と背が高く、体躯も立派だったけれど。


 ふっとセシリアの頬が緩んだ。

 彼女は傍らに置かれた彼の文字を手に取り、窓からの淡い光にかざしてみる。光に浮かび上がる美しい筆跡。

 それを見つめているうちに、セシリアは急に恥ずかしくなってきた。本を読むのは好きだったが、自分で文字を書くのはそれほど得意でない。先ほど慌てて書き殴った自分の不格好な文字を思い出し、耳の後ろが熱くなる。


 いたたまれなくなったセシリアは、彼のくれた紙をそっと文箱の底にしまい、再び窓の外へ目をやった。


 いずれこの場所に訪れる、まだ見ぬ春の景色に、ほんの少しの期待を抱きながら。

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