5 沈黙の城
エデュアルドは小さく一度だけ頷くと、そのまま無言で部屋を去っていった。
残されたセシリアは、小さく首を傾げる。しかし、執事と侍女は弾むような声を上げた。
「セシリア様、どうやらエデュアルド様はお気に召されたようです」
セシリアの首は、さらに深く傾いだ。
無言のまま去っていっただけのように思えたが、長年彼に付き従ってきた執事たちが言うのだから、そうなのだろう。何が気に入られたのかは皆目見当もつかなかったが、拒絶されなかったことに安堵する。
昼下がり、執事の案内で城内を巡ることになった。
静謐な中庭、湯気を立てる活気ある台所、頑強な男たちの集う兵士の詰め所。多くの使用人や兵士たちとすれ違ったが、誰一人として彼女に話しかけてくる者はいなかった。皆、ただ静かに頭を下げる。城全体が、彼女の沈黙を共有しているかのようだった。
やがて執事と共に城壁の上へ出ると、眠るような灰色の畑と、昏い森が眼下一面に見渡せた。草木の匂いを孕んだ冷たい風が、セシリアの髪を揺らす。
「この城はもともと、あの森に住んでいた蛮族の手から領地を護るため、百年ほど前に当時の侯爵様が建てられた要塞なのです」
セシリアが遠い森を指さすと、執事は感慨深げに頷いた。
「ですが、ご安心ください。今はもう諍いなどありません。この城も、戦いの役割を終えました」
執事の言葉通り、城内は優美な調度品や美しい織物で彩られており、冬枯れしてはいるものの、中庭には手入れの行き届いた花壇も作られていた。
最後に執事は、城の奥まった場所にある、重厚な扉の前で足を止めた。
「ここが、エデュアルド様のお部屋でございます」
セシリアが問いかけるように扉を指さすと、執事は声を潜めて頷いた。
「エデュアルド様は昨夜、領内の見回りに出られておりまして、今は中でお休みに。何か御用がございましたら、すぐにお起こしするよう申し使っておりますが……」
セシリアは慌てて両手を振った。
夜も働いているのなら、どうか心穏やかに眠っていてほしい。
静まり返った扉に向かって一礼すると、彼女はそっと背を向けた。
執事は両手を握り締め、恐る恐る口を開く。
「――セシリア様。それで、昨日の件はいかがでしょうか。何もお聞きにならず、春まで……」
セシリアは躊躇いなく深く頷いた。
――春まで。
それは彼女にとって、長い時間ではなかった。
「お受け……いただけるのですね」
見つめられ、セシリアは気恥ずかしさに少しだけ微笑みを返した。
「ありがとうございます。決して不自由はさせません。我ら一同、全力でお仕え申し上げます」
執事は目元を潤ませ、深々と頭を下げた。
侍女に連れられ、セシリアは自分の部屋へと戻っていった
あの光の中で、自分を真っ直ぐ見つめていた瞳を思い出しながら。




