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3 もうひとつの条件

 城門へと続く石畳をゆく馬車の中で、執事がセシリアに向き直った。


「セシリア様。ここまで、よくぞ辛抱してくださいました」


 セシリアは微笑み、小さく首を振った。

 十日間。彼女にとっては、いつもより少し長い旅に過ぎなかった。


「実は……この試みを、ここまでやり遂げられた方は、セシリア様が初めてなのです」


 執事と侍女が、無言のまま視線を交わす。


「もし、よろしければ……このまま春を迎えるまで、ひと言も発さずにこの城でお過ごしいただけないでしょうか」


 さすがのセシリアも、今度は驚きに目を見開いた。

 しゃべらないこと自体に苦はない。けれど、なぜそこまで頑なに沈黙を求められるのだろう。何より、侯爵であるエデュアルドに対して無礼には当たらないのだろうか。

 困惑するセシリアの顔色を窺いながら、執事は躊躇(ためら)いがちに声を落とした。


「実は……エデュアルド様は、お話ができないのです。いえ、生まれつきではございません。侯爵家にまつわる、深い事情がございまして……」


 セシリアは思わず息を呑んだ。

 ――話せない。

 その言葉の意味が、静かに胸の奥へ沈んでいく。


「今はまだ、その理由を申し上げることは許されません。ですが、もしここでの生活を気に入っていただけたなら、春にエデュアルド様と正式な婚礼を。お嫌でしたら、いつでも領地へお帰りになって結構です」


 執事は祈るような眼差しでセシリアを見つめた。

 セシリアはそっと頷いた。それから、細い指先で窓の外に見える城を指し示す。


 執事と侍女は顔を見合わせた。

 その表情から、張り詰めたものがわずかにほどける。


「もちろん、すべてはエデュアルド様とお会いになり、ご自身でお決めくだされば結構でございます」


 セシリアは小さく微笑んだ。

 馬車はやがて、重い跳ね橋を静かに渡っていった。

 蹄の音が城内の石畳を硬く叩く。御者の短い掛け声とともに馬車がゆっくりと動きを止めた。

 執事に手を取られ、セシリアは冷えた地へと降り立つ。


 煌々と焚かれた篝火が、音を立てて火の粉を散らした。

 出迎えた使用人たちは、声もなく一斉に頭を下げる。

 セシリアは唇をいっそう固く結び、静寂に満ちた城の中へと歩みを進めた。

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