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11  魔女の呪い

「その日記をお読みになられたのであれば、百年前にヘラジカが畑を荒らし、当時の侯爵家がそれを一掃したことはご存じですね」


 セシリアは静かに頷いた。


「その折、森に暮らす異民族たちもまた、激しい争いに巻き込まれました。彼らにとってヘラジカは、ただの獣ではなく『森の王』として崇める神聖な存在だったからでございます」


 セシリアの脳裏に、昨夜、青白い月光の下で傲然と立っていたあの巨大なヘラジカの姿が鮮やかによみがえる。


「森の民の中に、ひときわ強い力を持つひとりの魔女がおりました。彼女は、血に染まる森の中で当時の侯爵を睨みつけ、こう言い放ったそうです――『この先、お前たちの血筋は果てなき呪いを受ける。もし百年のうちに呪いが解けねば、この家は完全に絶える』、と」


 セシリアは思わず唇を引き結んだ。

 “絶える”という言葉の重みが、冷たく胸に沈んでいく。それは一族の死を意味するのか、それとも――。

 不安げに視線を落とす彼女に、執事は痛ましそうに言葉を重ねた。


「その言葉が真に何を意味するのか、誰にも分かりませぬ。ただ……今度の春が、ちょうどその百年目にあたるのです」


 執事の張り詰めた眼差しを受け止めながら、セシリアは膝の上でそっと両手を握り締めた。


「魔女は、呪いを解くための唯一の鍵として、奇妙な言葉を残して姿を消しました。

 『ヘラジカのごとき沈黙のうちに、

 真なる愛を見つけよ』――と」

 

 セシリアは心の中で、その言葉を何度もなぞってみた。けれど、いくら考えても意味は判然としない。侯爵家はずっと、花嫁を迎えている。それは“真実の愛”ではなかったのか。困惑の色彩を帯びた瞳で、執事を見返す。


「はい。私どももその真意を掴めぬまま、とうとう百年目の期限を迎えることになってしまいました。ただ、ひとつだけ確かなことがございます。エデュアルド様も、先代も、そのまた先代も……この侯爵家を継いだその日に、突然、声が出なくなってしまうのです。そして、そのきっかけは、見知らぬ老婆に名を問われたこと」


 セシリアは息を呑み、思わず自分の細い指先で喉をそっと押さえた。


「申し訳ございません。まさか、セシリア様にまで……」


 執事は深くうなだれた。


「エデュアルド様も、元はとても快活なお方でした。ですが今では、その呪いの噂が社交界に広まり、縁談を望む令嬢など一人も……。ですから、セシリア様のようなお方に巡り会えるとは、夢にも思わなかったのです。セシリア様は、その噂が怖くはございませんでしたか?」


 向けられた問いに、セシリアはきまずそうに、落ち着きなく視線を逸らした。

 ――噂など、知るはずもなかった。そもそも他人に興味がなかったのだから。

 その様子を見て、執事は驚いたように目を瞬かせた。


「……もしかして、何ひとつ……ご存じではないまま、ここへいらしたのですか?」


 彼女が小さく頷くと、執事は呆気にとられたように、けれどどこか救われたような複雑な息を吐き出した。

 セシリアは、すっかり冷めてしまった茶にそっと手を伸ばした。

 窓の外を見上げれば、一面に厚い灰雲が立ち込め、今にも凍てつく雪を降らせようとしていた。

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