貴族たちが語る歩行訓練の行方
放課後、図書館のひっそりと存在している応接室へ、リオル・マーティン・ハリスの三人が集まった。
窓から柔らかな海風が入り、静かな空気が漂う。
それぞれが貴族らしい落ち着いた所作で席につき、自然と品のある雰囲気が生まれていた。
◇
最初に口を開いたのはリオルだった。
貴族らしい冷静な声音で、魔力核の報告を始める。
「ラピスさんの魔力核は、昨日よりも安定しているようです。道での歩行は、魔力消費の観点から見ても理に適っています。これは将来的に走ったりできるとみてもいいのでしょうか」
マーティンが軽く頷く。
「理論通りに進んでいるのは何よりだ。いずれ、走ることも視野に入れるだろう。その時に魔力核が耐えられるかだが……」
彼は資料を閉じながら続ける。
「砂地での歩行はまだ不安がある。しかし、現在聞いている通り、舗装された道ならば問題ない。体力さえつけば、拠点までの道のりも視野に入るだろう」
貴族らしい落ち着いた分析に、リオルが補足する。
「魔力負荷も徐々に慣れてきています」
そこでハリスが腕を組み、厳しい声音で口を開いた。
「歩けるようになったからといって、油断は禁物だ。義足はまだ本調子ではない。転倒すれば大怪我につながる。護衛をつけるべきだと俺は考える」
慎重で責任感の強い意見だった。
しかしマーティンは静かに反論する。
「護衛をつければ、ラピス殿の自立心を損なう可能性もある。記憶がないとはいえ、元は騎士か貴族だったのだろう。アルトに頼んで鎧の破片を見せてもらったが、希少鉱物が含まれていた。おそらく公爵か伯爵、あるいはそれ以外でも大きな家の者だろうことが考えられる」
リオルが“貴族としての視点”を示すように言う。
「しかし、彼は我々の庇護下にある身です。万が一の事態が起きれば、責任は我々に及びます。彼の正体がなんであれ、安全を確保するのは当然の務めでしょう」
ハリスがさらに踏み込む。
「歩行訓練は進んでいる。だが、剣を持たせる段階にはまだ早い。戦場に立つ者としての基礎体力が不足している。焦らせるべきではない」
そして、ふっと肩をすくめる。
「まあ、アルトほどの実力者ならそこまで考えてはいるんだろう……どちらかといえば、今護衛のいないアルトの方を心配するべきなんだろうけどな。実力がありすぎてちょいちょい忘れるが」
議論が一段落したところで、マーティンが静かに口を開いた。
応接室の空気が、彼の落ち着いた声音に合わせてさらに静まる。
「……まずは歩行距離を伸ばすことだ。道での歩行が安定すれば、次の段階へ進める。ラピス殿は順応力が高い。焦らずとも、いずれ追いつく」
そして、少し冗談めかした口調で続けた。
「できれば成果を学校に見せて、新しい部活動の発足に役立てられればいいけどな」
リオルが苦笑しながら肩をすくめる。
「その前に俺らが卒業するのが先かもしれないな。間違いなく僕は卒業をするだろうが……マーティンもあと一年近くだもんな」
そして、心配そうに眉を寄せた。
「その場合、初等部と中等部に進学したばかりの僕たちになってしまうので、できれば早めに結果を出したいところですね」
ふと、リオルは控えめに続けた。
「僕のお祖父様も足が義足なので、ラピスさんで成果が出たらお祖父様に履いてもらってアピールしていきたいところです」
その言葉に、マーティンが驚いたように目を見開く。
「マーシャル家の英雄を使おうだなんて大胆な考えを持ったな」
リオルは慌てて手を振った。
「お祖父様には内緒にしてくださいね!こんなこと言っているなんて知られたら家を追い出されるかもしれませんから!でも少し話してみたところ興味を持っていたようなんですよ。うまくいけば取り込めるのかもしれないと思っているのですが……」
ハリスが呆れたように笑う。
「騎士の家系でマーシャルのお祖父様をそんなふうに言えるの、リオルくらいじゃないか?騎士の話とか聞いてると畏れ多い感じがするが……」
リオルは肩を落とし、少し弱い声で返した。
「そうなのですが……自分に騎士が向いていないのは目に見えているんです。お祖父様も僕が薬草に傾倒していることに目を瞑ってくださっているのですが、裏を返せばあまり期待していないのでしょう……」
そこでハリスが、ふと思いついたように言った。
「ならラピス殿と一緒に訓練すればいいんじゃないか?アルトが見るだろうから、一緒に見てもらえばいいと思うぞ」
リオルは真っ青になった。
「えぇえっ……そ、そんな……アルトって弓矢の使い手ですよね?相当な技術は持っていますが、剣となると畑違いなのではないですか?剣を教わるなんてアルトの負担になりますよ。僕もあまり剣は得意じゃないので、きっと……」
ハリスが首を傾げる。
「ん?アルトが剣を扱うところを見たことないか?剣術そのものは独特だが、相当優秀な実力の持ち主だぞ。獣の皮を走りながら剥ぐなんて、何をそんなことを思いつくんだろうな〜」
マーティンが目を瞬かせ、少し驚いたように首を傾げた。
「アルトって力は結構あるとは思っていたが……相当戦えたのか。ギルドの人間に勧められるほどの弓矢の実力であったことは聞いていたが」
ハリスは頭を掻きながら続ける。
「マーティンも一度も見たことないか?ワイバーン退治したときもだが、首を綺麗に落とすんだよな。りんごの皮剥きみたいな毛皮の剥ぎ方もするし、戦闘慣れもしている。戦い方を教わるんだったらちょうどいいと思うぞ。リオルの頼みだったら流石に断らないだろうしな」
リオルはさらに青ざめ、椅子の背もたれにそっと寄りかかった。
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