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静かすぎる日常

夕方。

帰路は、夕陽で細く染まっていた。

アルトは学校の鞄を肩にかけたまま、いつものように静かに歩いていく。

家の前まで来たとき、近所の家のおばさんがちょうど洗濯物を取り込んでいた。

「あら、アルトちゃん。おかえりなさい」

声は明るい。

「ただいま戻りました」

「いつも丁寧ねぇ、あ、そうだ」

一度家にパタパタと戻っていく。

またパタパタと、今度はこちらに向かってきた。

手には、畑で採れたばかりの野菜。

「これ、余ったから持っていきなさいな。

煮ても焼いても美味しいわよ。アルトちゃんにあげようと思って。」

アルトは一瞬だけ目を瞬かせ、すぐに柔らかい笑顔を作った。

「ありがとうございます。助かります」

声も表情も、いつも通り。

丁寧で、落ち着いていて、“普通の子ども”にしては丁寧な返し方。

おばさんは満足そうに頷き、

「また何かあったら言いなさいね」

とだけ言って家に入っていった。


アルトは野菜の入った袋を抱え、玄関の鍵を開ける。

きぃ、と古い扉が鳴った。

中は静かだった。

返事をする人はいない。

足音だけが、家の中で少し響く。

魔力灯をつけると、ぱち、と乾いた音がした。

アルトは袋を台所に置き、無言のまま夕飯の準備を始めた。


日常は静かで、静かだからこそ、胸の奥が少しだけ痛む。



翌朝。

家の前の路地には、まだ朝の冷たい空気が残っていた。

アルトは腰に、子どもが持つには少し長いナイフを帯びている。

刃は古いが、よく研がれていた。

(……今日は、外に出よう)

王都の門を抜けると、空気が一気に澄む。

街の喧騒が遠ざかり、草の匂いが強くなる。

アルトは慣れた足取りで森の縁へ向かった。

ここは王都の人々がよく使う採取場所。

危険は少ないが、油断はしない。

しゃがみ込み、葉の裏をそっとめくる。

「……あった」

薬草を摘む手つきは迷いがない。

根を傷つけないように、指先で土を払う。

魚がいそうな浅瀬では、

ナイフの柄で水面を軽く叩き、

驚いて跳ねた小魚を素早く捕まえる。

動きは静かで、無駄がない。

まるで“誰かに教わった”ような手際。

けれど、アルトは誰にも教わっていない。

ただ、何十年か前に生きるために覚えただけ。



王都への帰り道。

王都の門が見えてきた頃、背後から声が飛んできた。

「アルトちゃん!」

振り返ると、さっき野菜をくれた隣のおばさんが、

買い物袋を抱えて立っていた。

「まあまあ、王都の外側まで行ってたの?

危なくないのかい?」

アルトはすぐに笑顔を作る。

「大丈夫です。近いところだけなので」

「しっかりしてるねえ。

あんたの親御さんも、きっと喜んでるよ」

その言葉に、アルトのまつげがほんの一瞬だけ揺れた。

「……はい」

笑顔は崩さない。

声も変わらない。

ただ、返事の前にほんの一拍だけ沈黙が落ちた。

おばさんは気づかずに手を振り、路地の奥へ消えていく。

アルトは家の前に立ち、鍵を開けた。

きぃ、と扉が鳴る。

中は静かで、冷たい。

さっきまで浮かべていた笑顔が、すっと消える。

(……ただいま)

声には出さない。

ナイフを外し、採ってきた薬草と魚を台所に置いた。

カサっと寂しい音がした。

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