こわいことがおきたときのために、できること
昼休み。
初等部の教室では、事件から数日経った今でも、生徒たちの間であの日の話題が続いていた。
「……あの時、ほんとに怖かったよね」
「扉、すごい音してたし……」
「私、泣きそうだった……」
机を囲んで座る子どもたちの声は、まだ少し震えていた。
アルト・オフィーリウスは、その輪の端で静かに聞いていた。
(……怖かったのは、みんな同じ)
そんな思いが胸に浮かぶ。
すると、ひとりの男の子が言った。
「でもさ……あの時、先生が言ってたよね。
“落ち着いて行動すれば大丈夫”って」
「うん……でも、落ち着くのって難しいよ」
「だって、何が来るかわからないんだもん」
「ねえ、アルトはどう思う?」
アルトは少し考えてから、穏やかな声でぽつりと呟いた。
「……だったらさ、練習すればいいんじゃない?」
「練習?」
「うん。いざという時に、みんなが助け合えばいいとおもう。
“こういう時はこう動く”って決めておけば、怖くても体が勝手に動くかも」
その言葉に、周りの子たちが顔を上げた。
「……それ、いいかも」
「逃げたりする練習ってこと?」
「うん、戦うための訓練みたいなやつ」
「でも、魔獣とか錬金術の事故とかって、毎回違うじゃん……?」
「それでも、何もしないよりはいいよ。
机を動かすとか、窓を閉めるとか、できることはあるし」
子どもたちの表情が、少しずつ“恐怖”から“考える顔”へ変わっていく。
アルトは静かにその様子を見守っていた。
(……怖さを消すのは難しい。
でも、“準備”はできる)
ひとりの女の子がに向き直った。
「じゃあさ、先生に言ってみようよ!
“防災訓練したいです”って!」
その言葉に、子どもたちは一斉に頷いた。
「うん、言おう言おう!」
いつの間にか、
教室の空気は明るくなっていた。
恐怖の記憶は消えない。
でも、子どもたちは“次に備える”という前向きな方向へ歩き出していた。
少年はその輪の中で、静かに微笑んだ。
◇
放課後。夕暮れが差し始めた頃。
先生が廊下を歩いていると、数人の生徒がそわそわと近づいてきた。
「せ、先生……あの……ちょっといいですか」
「どうしたの?」
生徒たちは顔を見合わせ、なぜか一人が胸を張って紙束を差し出した。
「ぼ、ぼくたち……これ、作ってきました!」
先生は目を瞬かせる。
「……資料?」
「はい! “防災訓練の必要性と有効性について”です!」
(……タイトルがしっかりしてる)
先生は紙を受け取り、表紙をめくった。
● こわいことがおきたとき、あわてないため
* いきなりだと、みんなあわててしまう
* 練習しておくと、体が勝手に動く(先生が言ってた)
● みんなで同じ動きをできるようにするため
* 逃げる方向がバラバラだとぶつかる
* 先生の声が聞こえない時もある
* だから“決めておく”ことが大事
● けがをふせぐため
* 机やイスが倒れるとあぶない
* 先に片づける練習をしておくと安全
* 低いしせいになる練習も必要
● 助け合うため
* 小さい子を守るやくの人
* けがをした人を知らせる人
* 先生がいない時のリーダー(当番制)
● ほんとうのさいがいの時にも役に立つ
* 火事
* 魔力のぼうそう
* 地震(地面がゆれるやつ)
* どれも“最初の行動”が大事
最後のページには、
大きくこう書かれていた。
『よって……防災訓練を学校内みんなでしたいです』
先生は資料を読み終え、ゆっくり顔を上げた。
生徒たちは期待と不安でいっぱいの目をしている。
「……これ、みんなで作ったの?」
「はい……!」
「昨日、図書室で調べました!」
「“魔法士ちょう”ってところの本も読みました!」
(……本格的すぎる)
先生の笑顔が、ほんの少しだけ引きつった。
「え、ええと……すごく、よくできてるわね……」
「やってもいいですか……?」
子どもたちの目が一斉に輝く。
先生はしばらく考えた後、ふっと優しく微笑んだ。
「……いいわ。
みんなが“自分たちで考えて”行動しようとしているのは、
本当に素晴らしいことよ」
「やったぁ……!」
「ただし、ちゃんと計画を立てて、先生たちと一緒にやりましょうね」
「はいっ!」
子どもたちは嬉しそうに跳ね回り、廊下の雰囲気は一気に明るくなった。
先生はその様子を見ながら、心の中でそっとため息をついた。
(……この子たち、ほんとに強くなったな。)




