少年と勘違いされて
教会の玄関前には、夕方の柔らかな光が差し込んでいた。
ラピスは義手と義足の調整を終え、杖をつきながらゆっくりと歩いてくる。
「歩けそうですか?」
アルトが隣で歩調を合わせる。
「うん。まだぎこちないけど……なんとかね」
ラピスは苦笑しながら足元を見た。その表情には、どこか不安が滲んでいる。
「……帰る場所、思い出せましたか?」
アルトがそっと尋ねると、ラピスは首を横に振った。
「やっぱり、何も。これからどうやって生きていけばいいのか……正直、不安でいっぱいだよ」
その声は弱々しく、胸に刺さるものがあった。アルトは少し考え、そして静かに言った。
「……よければ、私の家に来ませんか?」
「えっ……?」
ラピスは目を丸くした。
「迷惑じゃないのか? 君の家だろう?」
「迷惑じゃないです。
これから貴重品も増えますし、防犯のためにも家に人がいた方がいいんです。
今までも、近所の人の善意で生活してきましたし……」
ラピスはしばらく黙っていたが、やがてふっと笑った。
「……そっか。じゃあ、お言葉に甘えようかな。
なんだか弟ができたみたいで、ちょっと嬉しいよ」
アルトは微笑ましそうにラピスを見た。
(……弟、ですか)
ラピスが自分を少年だと思っていることに気づきつつも、訂正はしなかった。
(布団とベッドは新しくしないと……
物々交換も便利だけど、そろそろちゃんと買った方がいいかもしれないな)
そんなことを考えながら、アルトはラピスと並んで教会を後にした。
◇
翌日、アルトはカイ、ユナ、リオルの三人に昨日の出来事を報告していた。
裏庭には初夏の風が吹き、木々の葉がさらさらと揺れている。
「ワイバーンが……大変だったね」
ユナが心配そうに寄り添う。
「それで、ラピスさんを家に住まわせることにしたのか」
リオルが腕を組んで言う。
「はい。行く場所がないみたいなので」
「でも……アルトの留守中、女性一人では危ないのでは?」
リオルが真剣な顔で言う。
「ラピス、男性だよ?」
「……えっ?」
リオルの目が大きく見開かれた。
「男性なら、世話するのが大変じゃないか?」
カイが首をかしげる。
「身体強化の練習も兼ねて、いろいろ試すつもり。
留守中は近所の人たちも助けてくれている。大丈夫。」
「いや、楽観視しすぎでは……?」
リオルは頭を抱えた。
「アルトは中性的だけど、女性なんだからさ。
成人男性に対しても、さ、もう少し警戒した方がいいよ」
リオルが真面目に言う。
「でも、ラピス……弟ができたみたいって喜んでいたし。おそらく、私のこと少年だと思っている」
「……それはそれで問題では!?」
リオルが本気でドン引きした。
ユナが苦笑しながら言う。
「アルトは顔が整ってるから、どっちにしても気をつけた方がいいよ。
変なことに巻き込まれないようにね」
「ユナがそんなこと言うなんて……」
アルトは驚いた。
「ユナ、最近貴族の少年に言い寄られてたからな」
カイがさらりと言う。
「そうなの。なんか、私たちも男女がどうのこうの言われる年齢になったみたい」
ユナは肩をすくめた。
「初等部の貴族の少女たちも、アルトのこと噂してるぞ。
獣を追い払った時の姿がどうとか……」
リオルが言うと、
「やめてほしいよ」
アルトはものすごく嫌そうな顔をした。
「長屋住まいだからスカート履かずに運動着で登校してるのが裏目に出たのかな……」
「お金が貯まったら、もう少し治安のいいところに住めばいいよ」
リオルが提案する。
「私とカイの地元の近くに住む?」
ユナが笑顔で言う。
「朝は飲んだくれのおっちゃんが転がってる時あるけどな」
カイがぼそり。
「……それはそれで無理だ」
リオルは頭を抱えた。
アルトはふと思い出したように言う。
「ラピスさんの義手と義足がもっと良くなれば……用心棒になってくれるかもしれません」
「用心棒?」
三人が同時に首をかしげる。
「助けた時、鎧を着ていました。騎士か冒険者だったのだと思うんだ。戦闘経験はあるはずだろうね」
「義手義足で戦えるのか?」
リオルが疑問を口にする。
「それは今はわからない。けれどこれも試してみるつもり。
……リオルには、いろいろ助けてもらってるから、これについては仲介とかは頼まないよ、流石に。」
するとリオルがふっと笑った。
「うちの親戚にね、腕が義手になって引退した騎士のお祖父様がいるんだ。もしラピスさんが用心棒になれるくらい回復したら……その技術、教えてほしいな」
アルトは真剣に頷いた。
「……ええ。ぜひ」
その返事に、リオルは少しだけ目を丸くした。
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