魔力回路の可能性
ラピスが杖をつきながら、ゆっくりと長屋の前に立った。
古い木戸の向こうから、近所のおばさんが顔を出す。
「まあまあ、アルトちゃんのお兄さん、治ったのかい?」
「改めてお世話になります。ラピスといいます」
ラピスは丁寧に頭を下げた。
その礼儀正しさに、おばさんは目を丸くする。
「本当に礼儀正しい子だねぇ。アルトちゃん、いいお兄さんじゃないか」
「兄というわけじゃ……」
アルトは苦笑しながらラピスを部屋に案内した。
布団は新しく買ったものを敷いてある。
ラピスはそれを見るなり、申し訳なさそうに眉を下げた。
「……こんなにしてもらっていいのか?」
「困った時はお互い様です。それに、家に誰かいた方が安心です」
ラピスはしばらく黙っていたが、やがて小さく笑った。
「……ありがとう。助かるよ」
義手を動かした瞬間、わずかに“ギギッ”と音がした。
ラピスは気づかれないように手を下ろす。
(……やっぱり、調子が悪いな)
そんな不安を胸にしまい込みながら、ラピスは新しい生活の第一歩を踏み出した。
◇
「アルトー!昨日の話、聞いたぞ!」
裏庭に着くなり、ハリスが大きく手を振ってきた。
その後ろでマーティンが腕を組んでいる。
「無茶するな。ワイバーン相手に大剣なんて」
「……すみません」
「謝るところじゃないだろ。すごかったぞ」
ハリスが笑う。
アルトは少し迷った後、ラピスの義手義足の話をした。
「調子が悪いみたいで……。魔力の流れが変だと言っていました」
「魔力回路の問題かもしれないな」
マーティンが真剣な顔になる。
「俺も見てやろうか?魔力の流れなら得意だぞ」
ハリスが胸を叩く。
「本当ですか?」
「任せとけ。あいつ、いいやつだろ?」
アルトは小さく頷いた。
◇
アルトが迎えに行くと、ラピスは驚いた顔で義手を見つめていた。
「……なんだか、少し軽い気がする」
「魔力の流れが詰まっていたんだ。回路が魔力の流れに合っていなかった。少しは良くなっただろう」
マーティンが説明する。
「俺がちょっと触ったら、すぐ戻ったけどな」
ハリスが得意げに笑う。
「本当に……ありがとう。助かったよ」
ラピスは深く頭を下げた。
「これで少し安心ですね」
アルトが微笑むと、ラピスの表情も柔らかくなる。
「ところで、この義手って剣を握れたり振るったり、戦ったりできますか?」
アルトは興味津々でマーティンとハリスに聞いた。
「いやぁ、動きだけしか治していないから剣を握れても振るったら壊れるぞ。」
ハリスは後ろに腕を組みながら言う。
マーティンも答えた。
「貴族が持っている一級品でも、一般的な生活に支障が出ないくらい、握ったり離したりする程度でしか動かせないものが大多数だからな。相当財産があっても剣を振るうのは流石に難しいぞ。できたとしても戦うのは今の技術では、な」
「…魔力が大きければいいと言うわけでもない?」
アルトは考え込んだ。
「まあそう言うことだろうな。今回の義手もラピスさんの魔力が義手の許容量を超えているせいで起きた不具合でもあったわけだし」
「回路が魔力の流れに合っていなかった、と言うのは?」
「義手に魔力回路が引いてあるんだ。それをいじった」
ラピスは何を話しているのか分からないといった顔をしている。
ふと、アルトは疑問に思った。
「…なんだか、2人ともとても詳しいですね。」
「ああ、」
ハリスが後頭部をかきながら笑った。
「まあ、俺たちの家系は代々、魔力だけはやたら強いんだよ」
ハリスが肩をすくめる。
「家は貧しいが、魔力だけは無駄にある」
マーティンが淡々と続けた。
「お前、それ言うと俺まで貧乏みたいに聞こえるだろ」
ハリスが抗議する。
今更だが、ハリスはマーティンの叔父であり、それぞれ14人兄弟である。
「事実だろう。兄弟の数も親戚の数も多いからな。うちの家系はどこも似たようなものだ」
マーティンはさらりと言う。
「……ああ、まあ、そうだけどさ」
ハリスは苦笑した。
アルトは二人のやり取りに小さく笑った。
「マーティンさんは……義手義足のこと、詳しいんですか?」
「詳しいというほどではないが、魔道具の構造は勉強している。
義手義足は魔道具の応用だ。魔力回路の仕組みは似ている」
「へぇ……」
アルトが感心していると、ハリスが胸を張った。
「俺は実践派。触ってみれば大体わかる」
「それはわかる」
マーティンが冷静に頷いた。
「勘が当たるから問題ないんだよ」
ラピスは二人の会話を聞きながら、ぽつりと呟いた。
「……すごいな。君たち、そんなことまでできるのか」
「まあな。俺らの家系はそう言う魔力操作とか魔法が得意な奴ばっかなんだよ。」
ハリスが軽く笑う。
「義手義足はただでさえ繊細だから、無理はするなよ」
マーティンが真面目に付け加える。
ラピスは深く頷いた。
「ありがとう。本当に……助かるよ。
こんなに親切にしてもらえるなんて、思っていなかった」
「気にしないでください。ラピスさんが元気になれば、それで十分です」
アルトが柔らかく言う。
ラピスはその言葉に、少しだけ目を伏せた。
「ところでさ」
ハリスが急に話題を変えた。
「ラピスさんがもっと動けるようになったら、剣の訓練とかできるのか?」
「できるかどうかは……義手義足の性能次第だな」
マーティンが冷静に答える。
アルトはぱっと顔を上げた。
「あの、回路をもっと複雑にいじったら、戦闘もいけるんじゃないかと思ったのですが……」
「回路をもっと複雑に、ね」
ハリスが復唱する。
「理論上は可能だ」
マーティンが腕を組み、少し考えてから言った。
「いけるの!?」
ラピスが驚きの声を上げる。
アルトは目を輝かせ、マーティンに身を乗り出した。
「本当ですか……? 本当に?」
「ああ。ただし、実際にやるとなると材料をいくつか試す必要がある」
マーティンは慎重に言葉を選ぶ。
「物体の補強の魔法なら使ったことがありますけど……それは関係ないんですか?」
アルトは本で読んだ知識を思い出しながら尋ねた。
「補強魔法は必要だ。だが、それだけでは足りない。
魔力を流す回路そのものが、強化された魔力に耐えられない可能性がある。
材料の質と魔力回路の設計、両方を見直す必要があるな」
「つまり、材料が弱いと壊れるってこと?」
ラピスが不安そうに尋ねる。
「そういうことだ」
マーティンが頷く。
「でもさ、実際に試してみれば早いだろ!」
ハリスが楽しそうに笑った。
「壊れたらまた直せばいいし、試行錯誤は得意だぞ。なあ、マーティン?」
「……まあ、否定はしない」
マーティンは小さくため息をつきながらも、どこか楽しそうだ。
「材料って、何が必要なんでしょうか?」
アルトが真剣な表情で尋ねる。
「焦るな。あとで必要なものをまとめてメモしておく。
ただし――」
マーティンはラピスの義手を軽く指で叩いた。
「ラピスさん自身にも鍛えてもらわないと、剣を振るうどころか、重さに耐えられない。義手義足を強化しても、使い手の身体が追いつかなければ意味がないからな」
「……そ、それは確かに」
ラピスは苦笑しながら頷いた。
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