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婚約破棄と日常

アルトは、家の床に敷いた布の上で横たわる男性に水を飲ませていた。

男性は息を荒げ、時折うめき声を漏らす。

右腕と右足の欠損部分には、家にあったポーションを惜しみなく使った。

飲ませ、かけ、布で押さえ、また飲ませる。

(……足りない。これじゃ止血はできても、治癒は追いつかない)

棚から錬金術の本を取り出し、

薬草をすり潰し、煮て、混ぜていく。

手は震えていない。

ただ、呼吸だけが少し浅い。

男性の様子を見ながら、アルトの意識は静かに過去へ沈んでいった。



「貴様との婚約を破棄する」

その言葉が、屋敷の空気を切り裂いた。


母は、結婚して三ヶ月で妊娠し、そして──アルトを産んだ。

おそらく母親が生涯愛しただろう父親にそっくりな顔で。

家は激怒し、母は見放された。

幼いアルトは、母の中に“父親の面影”を映してしまった。

そしてある日、──まだ二歳のアルトは父親とは違う行動をした時に、母の手が飛んできた。

ゴキッ──

首が変な方向に曲がった。

視界が白くなり、呼吸が止まりかけた。

母は慌ててポーションを飲ませた。

震える手で、何度も何度も。

その時、アルトは生死の境で前世を思い出した。

(……うわっ)

前世の知識と、目の前の母親の現状が、あまりにも噛み合わなかった。

それからアルトは、なるべく母の言う通りに過ごすことにした。

料理の味にまで口を出され、息が詰まる日々だった。


母は最期の時、アルトを見て言った。

「……アルト……」

だがアルトは、彼女を見ずに静かに返した。

「あなたは最後まで、私を見ないのですね」

言葉を冷たかった。

母の最期を見届けず、部屋を出た。

母の実家には、淡々と“母が死んだ”という手紙を送った。

実家は情けで、王都の長屋を与えてくれた。

いらない本やポーションもくれた。

それで、初等部から高等部まで通えるようになった。



アルトは、薬草を煮詰めた液体を布に染み込ませ、

男性の傷口にそっと当てた。

男性は苦しげに息を吐く。

アルトはその顔をじっと見つめた。

(……生きてる。まだ、大丈夫)

自分の手が震えていることに気づき、アルトは深く息を吸った。

「……大丈夫。まだ生きている。」

そう呟き、再び薬を調合し始めた。

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