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学び


「おい逸。何してんだよ、帰らねぇの?」


 隣にいるこたに肩を叩かれる。考えごとをしている間に昼からの授業が終わってしまっていたみたいだ。



 昼からの授業は教職の授業で、いじめについて学んだ。

 授業内で『これはいじめかどうか』という二択問題が三問出された。挙手する仕組みだったのだが、クラスの中でぼくだけが全問間違えてしまった。

 

 みんなにいじめについて理解のない人間だと思われただろうか。

 先生に説明されても未だに答えに納得できないぼくは、人間として何かおかしいのだろうか。

 そもそも、『いじめを受けた人がいじめだと思えばいじめ』というのがいじめの定義だというなら、ぼくたちがいじめかどうかを判断するのは間違っているのではないだろうか。

 人はそれぞれ感じることが違うのだから、『いじめを受けた人がいじめだと思えばいじめ』という考え方を改めるべきではないのだろうか。

 ぼくがいじめだと感じたことはいじめではなく、いじめではないと感じたことはいじめになるらしい。

 

 眉間にしわを寄せる。学ぼうとしているだけなのに、どうして人格否定までされているような気分にならなくちゃいけないんだ。


「おい逸。いつまで座ってんだよ。置いてくぞ」


 再びこたに肩を叩かれる。周りを見渡すと、もう誰もいなくなっていた。

 出していた筆箱をカバンにしまい立ち上がる。そして、マリちゃんに『終わったよ』と連絡をした。


 こたはこれからアルバイトがあるらしい。「ぼくもアルバイトに行きたい」と言ったけれど、「バイトは遊びじゃねぇからやめろ」と怒られた。

 アルバイトについては、思い出せている気がするし、まあいいかと思い引き下がった。

 

 

 教室を出てマリちゃんと合流し、バスに十五分ほど乗って駅前まで行った。するとお客さんがたくさん並んでいるタピオカ屋さんがあった。

 

 二人でその列に並び、タピオカミルクティーをテイクアウトして家へ帰った。ソファに座りテレビを見ながら、タピオカを飲む。黒くてもちもちだ。苦いのかと思ったけれど、味はしない。なんだかおもしろい食べ物だ。


「おいしい?」

 隣のマリちゃんはテレビに映るバラエティー番組ではなく、ぼくの顔ばかりを見てくる。

「うーん。黒い物体がストローを通っているのを見るのは楽しい」

 そっか、とマリちゃんが微笑む。


「マリちゃん」

「何?」

「今度はお酒が飲みたい」


 マリちゃんは困ったように苦笑いを浮かべた。チーズドックもフラペチーノも、すぐにいいよと言ってくれたのにお酒だけはなかなか頷いてくれない。


「今度病院に行ったとき飲んでいいか先生に聞いてみようか」


 もう二十歳なのに、どうして先生の許可がいるのだろうか。


「駄目なの? 一緒にお酒飲もうねってマリちゃん言ってくれたじゃん」

 駄々をこねるように、マリちゃんに再び聞く。

「駄目じゃないけど私一人でいいよって言ってあげられないから」

 ごめんね、というマリちゃんに対し渋々頷いて、ぼくはストローに口を付けた。


 ミルクティーだけを飲み干してしまい、カップの底にタピオカが並んでいる。タピオカの上にストローを乗せ、一気に吸い込む。


 すると、ものすごい勢いで一つのタピオカがぼくの喉に刺さった。

 急な衝撃で心臓が止まりそうになる。

 涙目になりながら咳き込んだ。マリちゃんはそんなぼくを見てケラケラと笑っている。

 

 ビックリした。命がけとはこれのことか。苺花ちゃんの言っていた通りだ。

 

 マリちゃんはタピオカを飲むのに慣れているのか、順調にミルクティーの中のタピオカが減っていっていた。ぼくは、底に残ったタピオカを慎重に一つ一つストローで啜った。

 

 一気にタピオカが登ってくるのは怖かったけれど、ある種のロシアンルーレットみたいで面白い。


 無事にカップに残ったタピオカを全部啜り終え、飲み終わったカップをゴミ箱へ捨てる。

「逸くん。私まだ残ってるし、お風呂湧かして先に入ってきなよ」

 隣のマリちゃんが持つカップにはまだミルクティーが残っていた。「わかった」と言い、そのままお風呂へと向かった。


 マリちゃんが言うには、お風呂はいつもぼくが一番に入っていたらしい。マリちゃんによると、どうやら女の子はお風呂に時間がかかるから後に入るものらしい。


 昨日まではマリちゃんがお風呂を沸かしてくれていたけれど、マリちゃんがやってくる気配はない。もう自分でできるだろうとマリちゃんも思ってくれているのだろう。


 ぼくは蛇口をひねり、空っぽの浴槽にお湯を貯めていった。滋賀県の家ではボタン一つでお風呂が沸かせたけれど、この家はそうではない。手で水の温度を確かめて、自分のタイミングで蛇口を止め、量を調節しないといけない。


 恐る恐る蛇口から出ている水に手を伸ばす。そして温度を確認しながら、赤い色の蛇口を開いていく。だんだん水の温度が上がっていくのがわかった。

 ちょうど気持ちいいと感じるところで蛇口を開くのを止め、お湯が溜まるのを待った。


 そうしてたまったお風呂に全身を湯船に沈める。昨日まではすぐに上がっていたけれど、今日は長い間湯船につかった。

 

 頭と体を洗い、脱衣所へ出る。 

バスタオルで体を拭いて、パンツとズボンを履いて、上半身裸でエアコンのついているリビングに戻った。


 ちょうどマリちゃんがタピオカのカップを捨てているところだった。


「上がったよ」

「わかった。じゃあ次入るね」

 マリちゃんが速足でお風呂場へと向かう。

 

 タオルで頭をふきながら上の服を探していると、お風呂場からぼくを呼ぶ声がした。

 「何?」と脱衣所に顔を出す。マリちゃんはまだ服を着ていて、さっきまでぼくが入っていた湯船に手を付けていた。


「逸くん。寒くない?」

「そりゃあもうすぐ冬だからね。ちょっとは寒いかな」

「そうじゃなくて、お風呂のお湯。冷たいよ。夏のぬるいプールみたい」


 そう言われ湯船に手を付ける。冷たいのかぬるいのかわからない。

 というか、どこからがぬるくて、どこからが熱いのか。ぬるいと冷たいの違いが何なのか、よくわからない。


「もしかしたら逸くんいつもよりお風呂長かったし、顔もいつもより赤くないから、少しお風呂の温度ぬるかったのかもね」


 そういうことも忘れちゃうのか、とマリちゃんが神妙そうな顔をする。

「明日からは一緒に沸かそうか」

 マリちゃんが風邪ひかないでね、と言ってお風呂に入ろうとしたので、ぼくは頷いてリビングに戻った。



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