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それまでは吹いていなかった風が吹き始めた。
それは何かを知らせている。
すっと、目を細めて周囲を警戒する。
嫌な気配だ。
あまり感じたくはない空気。
不気味な風が吹き荒れる。
その異変に気が付いたアリアもまた足を止めて周囲を見渡す。
二人の無言状態がより一層緊張感を煽る。
そして―――
「……ッ‼」
リースの視界の先にそれは現れた。
白い影のような物体が猪突猛進の如く迫ってくる。
「あれって……‼」
「無人よ‼こっちに向かってくるわ‼」
その言葉にアリアの表情が曇る。
「どうするの‼」
「決まっているじゃない‼迎え撃つのよ‼」
「それなら私も―――」
と、言いかける前にリースが遮って言う。
「あなたは戻ってなさい‼幸い向かってくるのは一体のみ。私が倒すわ」
「そんな‼一人じゃ危険だよ‼」
「そんなこと無いわ!戻ってカルーラに無人が来たことを伝えてちょうだい‼」
「……」
「その間私が無人と交戦する。早く‼」
躊躇うアリアだが、リースの頑なな決心に揺らぎが無いと分かると、脱兎の如くその場から離れて行く。
「すぐ戻るからね‼」
去り際にそう告げてアリアの姿が見えなくなる。
見えなくなった瞬間、リースは向かってくる無人と相対する。
「来て欲しくない時にお出ましとはね……ついてないわ。全く……」
悔しそうにリースは愚痴を溢す。
客人が来ている時の無人ほど厄介なものは無い。
だが、幸いにもアリアがいてくれたおかげでカルーラ達にはすぐ知らせが行くだろう。
逃げる準備さえ整えてくれれば、やり様は幾らでもある。
迫りうる無人との距離が段々と近づいてくる。
大丈夫。
いつも通りやればいいだけのこと。
そう自分に言い聞かせて、リースは目の前に来た無人を見据える。
自分よりも遥かに大きいその巨体に、思わず圧倒されそうになる。
今まで見てきた中では中々の巨躯であろう。
無人はリースを見つけると、その勢いを押し殺して彼女の前で静止する。
勢いを殺した無人の巨体から生じる暴風がリースの体にぶつかる。
バタバタと髪が靡き、砂埃が立ち込める。
目に入りそうになる砂埃を手で防いでその敵を確認する。
相も変わらず人を簡単に捕食出来そうな体が目に触る。
太陽の光に照らされて神々しく発色する奇妙さ。
吐き気を催す虚無感と、今にも襲われそうな緊迫感が同時に襲ってくる。
目の前に現れた無人に対して鋭く睨み付ける。
睨まれている無人もじっとリースの様子を伺っている。
相対する両者の静かな戦闘が始まっていた。
リースは武器を構える。
それは無人を倒すための武器。
詠唱を綴り、武器を具現化させる。
「ロストコード」
その詠唱はどこにも属さないコード。
かつて蔓延していたが、今は彼女以外持っているかも怪しい。
青く透き通る炎がリースを包み込む。
無人が一歩後ずさりするのを彼女は確認した。
やがて、焔が止むと、彼女の手には弦が綺麗に引いた弓が姿を現した。
一本の弦が光を反射し、凛とした空気を味あわせる。
武器を具現化したリースに向かって無人が突撃してくる。
その速さは、人の目で追いきれるスピードを有に超えている。
あっという間にリースの元へと来た無人が彼女目掛けて攻撃を繰り出す。
鋭く尖った白い爪がリースの喉元を抉り取ろうとする。
だが―――
彼女はその攻撃をしっかりと視認すると、後方に飛んで攻撃を回避した。
空を切る無人の攻撃。
まるで嘲笑うかのようにリースは優雅にかわす。
二撃、三撃と繰り広げる攻撃に、さもリースは平然と避けてみせる。
その動きは全てが見えていると言わんばかりの華美な動作であった。
彼女は無人に臆することなく対峙している。
数々の無人を一人で屠ってきたのだ。
無人一体が現れたところでどうということはない。
次々と来る攻撃をかわして、距離を取る。
リースは無人が現れた方向へと足を進める。
それは、無人が他の人達の元へと行かないようにという配慮であった。
無人との距離が遠ければ遠いほどカルーラ達の逃げる時間が生まれる。
少しでも生存確率を上げるにはこの方法が一番の最適な案である。
案の定無人はリースを追うために彼女の元へと向かってきた。
それは目論見通りの行動であり、無人を遠ざける役割を担ったのと同じ事でもある。
一人でやる方が彼女には性に合っているのかもしれない。
そうして無人との距離を保ちながら、村人達のいる場所へと遠ざけることに成功したリースは頃合いを計り、武器を構えた。
それまで私用していなかった武器のご登場である。
煌く弦を手でゆっくりと引くと、狙いを定める。
もちろん狙う場所は無人の足元。
その部分を狙うことにより、無人の足を消失させ、動きを奪う作戦だ。
力強く後ろに引いた弦が耳元で鳴る。
ギリギリと歯軋りのような音を立てる。
狙いを済ませる手が僅かに震えている。
だが、それもやがて収まり、ピタッと狙いは無人の足へと向けられる。
そして、向かってくる無人目掛けて、リースは矢を放った。
その矢は凄まじい速さで無人へと飛来すると、瞬く間に足を削ぎ落として消失させた。
動きを封じられた無人が悶え苦しみ、その足を止めた。
引いていた弓をすっと降ろして、リースは無人の様子を観察する。
どうやら相当な一撃を食らったのか。
無人は完全に行動力を失い、その場から動くことは無い。
狙い通りの矢にリースは少しだけ安堵する。
だが、ほんの少しだけだ。
リースは知っている。
油断は死へと誘うということを。
傲慢は死を早める。
怠れば殺られるのはこちら側であるということを。
彼女は良く知っている。
故にその手を緩めることは無い。
下ろした手を再度上に上げ、リースは矢を構える。
その狙いは無人のこめかみ部。
今度は確実に生を奪う一撃を放つ。
それは弱肉強食の世界では当たり前のこと。
情けはいらない。
同情なんて必要ない。
この化け物は散々人の命を奪ってきた存在だ。
今更謝ってきたところで許す気すらない。
だから、無慈悲な一撃を放つ。
躊躇いも無く、容赦も無いまま。
リースはゆっくりと弦を引いて無人に標準を向ける。
そして―――




