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相手は人でない。
無人だ。
奴らは人を襲う。
そこに何の意味があるのかは人間には不明だ。
だが、何の意味もなく人を襲うなんてことはしないだろう。
であるならば、阻止するために存在する自分達が繋ぎ止めておかなければならない。
「行きましょうか。平和を取り巻く環境に戻すために」
「そうね。たとえどんな敵が現れても私達は前に進む」
「いいねぇ嬢ちゃん。そうでなくちゃっな‼」
「付いて行くこちらの身が持つかどうかだがな……」
「ユースティスはそればっかり」
「ふん……」
そして、四人の決心が固く決まったところで、全員が行動に移した―――。
♦♢♦
戦地に赴くアリアは、一人思い耽る。
これから先何が起こるか分からない。
悲哀の感情が入り組む。
その瞳はどこか遠くを見据えているようだった。
戦地へと赴く足が重い。
きっと自分は本当は行きたくないと思っているのだ。
この足が重く感じるのはきっとそういうことなのだろう。
だが、行かなければならない。
他の誰でもない。
自分が決めた選択肢なのだから。
自分で決めた選択肢―――
事実はそうだが、本音は否定したかった。
本心を言えば……怖かった。
とてもじゃないが自分が出来る大役ではないと思っていた。
何の意味があって自分は、前へ進もうと思っていたのだろうか。
見栄を張ったのか?
それとも善良な心が生きた証なのか?
はたまた使命感から放たれた思いなのか。
分からない自分には分からなかった。
これは本当に自分が決断した道なのか?
誰かが招いた陰謀なのではないのか?
知らぬうちに私は私ではなくなっているのではないか?
そう思うと、少しは心が晴れた。
曇りがかっている心の中が浄化されていくように綺麗になり、軽くなるような気がした。
あくまで軽くなるような気がしただけなのだが……
アリアは誰にも気付かれないように溜息を一つ吐いた。
見栄を張らなければよかった。
意地を貫き通そうとしなければよかった。
格好良くなろうとしなければよかった。
後悔が渦巻く。
様々な後悔がアリアを蝕んでいく。
己が選択した道を歩きたくないと足が駄々を捏ねる。
その足をふっと見る。
下を向く。
視界に映るのは地面だ。
無機質な乾いた地面。
下を向くのは楽だ。
下を向くのは心地よかった。
何も見なくて済むから。
何も視界に映らなくなるから。
輝かしく照り付ける太陽も。
その太陽を包み込む雲も。
鮮明に映る澄んだ青い空も。
優しい風に揺れる草木も。
風情ある街並みも。
荒廃した歴史ある建造物も。
何も見なくて済んだはずなのに……
この瞳はそれらとは異なるものを映す。
同じような輝きはないのに、それでも自分の瞳には余る光景だった。
アリアはユースティスやアルマリアが思っているほど―――強くはなかった。
彼らにはバレないようにその本質を隠しているだけ。
自分を偽らなければならない。
自分はここまで守られて生きてきたのだ。
お荷物にも思える自分をユースティスとアルマリアは今日この日まで必死に守り抜いてきたのだ。
幾度となく危険が自分の身に及んだとしても、例えその命を顧みることになったとしても。
御身を我が一に考えて今日まで過ごしてきたのだ。
自分が彼らの先陣に立たなければならない。
守ってくれているのならば、自分は彼らの前に立って先導していかなければならない。
それが、自分のいるべき立ち位置なのだから。
心を閉じ込める。
封を閉める。
それは恐れを無くし。
それは恐怖を屈服させ。
それは感情を消した。
負の感情は一切いらない。
これから先いるのは、立ち向かう勇気だけ。
向かい合う勇姿だけ。
力のあり方を意味する証明だけ。
先へと進むと決めたのならば、後戻りはしない。
この道が後ろから止まることなく崩壊していく道なのならば、ただ単に前に進めばいいだけの話だ。
それはいつもと変わらない。
いつもそうしてきたように、そうするだけ。
何。
進むべき道があるだけでもマシな方だろう。
そう―――心に言い聞かせた。
やるべきことは決まった。
後は、行動に移すだけだ。
「……」
アリアの見つめる先にはこちらの出方を伺う無人の姿があった。
目の前を覆う無数の無人。
その光景にかつての過去を思い出していた。
もし、父の前に現れた無人を自分が倒していたら、世界は少しでも変わっていたのだろうか?
それは生きてきてからずっと今の今まで思い描いてきた理想だった。
もし可能ならばあのまま―――弱いままの私を貫き通したかった。
進むべきではなかったはずの未来の方に歩み寄りたかった。
でも、恐らくそれは間違った選択肢だったのだろう。
何故なら、その未来は到の昔にとっくに消滅しているのだから。
私の歩みたかった道は、きっと失敗した未来だったのだ。
今いるこの道こそが正しく歩むべき道だ。
ない道にしがみつくより、あるべき未来にしがみつく方がよほど賢い人間である。
自分は賢しい人間であったと、アリアは安堵する。
「覚悟は決まったか?」
彼女の隣にいたユースティスが問いかけてくる。
その姿に、アリアは少しだけ細く笑んで答える。
「うん」
「そうか……」
ユースティスは一つ頷くだけ。
それ以上は何も言ってこなかった。




