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「この老人が……コード持ちだとッ⁉」
「そうだ」
「俺にはとてもそんな力を持っているようには思えないのだが……」
「現に力を使っている」
そう言って、ユースティスはちらりと村長の腕を見た。
その手には体には似つかわしくない巨大な大剣を握り締めていた跡があった。
「微弱ではあるが微かに感じる。もっともロンドには何も感じないだろうが」
「兄ちゃんの言う通り何も感じねぇな」
「だが、どうやら傷が深いようだ。既に死に体だ」
村長の体についた傷を見て答える。
「年は取りたくないものですな……」
哀愁漂う悲しげな瞳に――――
「それは恐らく無理な願いだろうな。細胞が生きているのならば、枯れていくのも道理。抗う術などこの世のどこにもない。せいぜいあっても延命治療くらいなものだろう」
「それは残念ですな……」
「全くだ。だから人という生き物は嫌気がさす」
「えぇ、抗ってはみたかったものの、老いが回ればそれも叶わずとは……」
村長は何も無い宙を右手を出して掴もうと試みるが、目の前に映る大きな空は掴めなかった。
「どういうこと?」
彼の表現に理解が追いつかなかったアリアがユースティスの顔を見つめて言った。
「長くはないということだ」
「え……」
ユースティスの言葉にアリアはガツンと頭を鈍器で殴られたかのような衝撃を受ける。
「それって……」
「これだけの血を流していれば、一目見ただけで分かる」
アリアは恐る恐る彼の視線に釣られるように村長の身体を見ると、確かにその体は血で塗れてた。
「そんな……ッ。手当すればッ―――」
「見て分かるだろう?無理だ」
「ユースティスは諦めが早いよ‼」
「無駄に希望も持たせるのもどうかと思うがな。誰かが喜ぶのか?」
「それは……」
「誰も喜ばない偽善はあまり言わない方がいい。今後のお嬢様の人生に関わってくるぞ」
「……」
「それとも証明して見せるか?今この場で」
彼の催促にも似た言い方にアリアは歯噛みをする。
「出来るということを証明できる術は持ってないよ‼でも、それでも……あんまりだよ‼一生懸命生きたのに……ここで潰えるなんて……」
少女は悲しそうに言う。
たとえそれが自分ではなく村長に対しての言葉だとしても、自分が発した言葉に何の意味もなくとも、口にしたい気持ちが消えることはない。
むしろその思いは肥大化していく。
悲しみの重圧に心が押しつぶされそうになる。
何とかできないものかと考えてはみるが、およそ自分ができることと言えば深手を負った傷に手当てをするだけ。
だが、それはユースティスの言う通りにただの延命治療でしかない。
傷を治すことに長けた者を呼ぼうにも、この街は他の街から距離を置いている街。
故に重傷の傷を負っている彼の戦果を治せる者は近くにはいない。
他の街に行こうにもここからでは到底距離が長すぎる。
街に着く前に村長の命が尽きる方が早いだろう。
それくらい彼の傷は目に見えて深刻な状態にあった。
「どうするんだ?」
「ここで傷を癒したところでどれだけ保てるか分からない以上、留まっている選択肢は消えたと言える。だがそれは、目の前に無人がいなければの話だがな―――」
ユースティスはゆっくりと村長から視線を逸らして無人の大群に目を当てた。
奴らはただ動くことなく不気味にこちらの様子を伺っている。
こちらに攻撃の意思がないことを感じ取っているのか。
それとも地下にあるマグナタイトの効果が多少効き始めてきたのか。
それは定かではない。
だが、いずれにしろこの場から動くということは同時に無人との敵対を意味していた。
四人の額に汗が滲む。
さすがに目の前を覆い尽くすほどの無人を前にしてすぐさま戦闘に移っていいのか考える。
一体相手ならば勝ち目はあったものの、十体を有に超す無人を前に戦闘を始める馬鹿はいないだろう。
なぜなら、死ぬと分かっている戦闘を行う人間など、どこの世界を探してもいる訳がないのだから。
故に、全員が動こうとしない。
動けば命が飛ぶということが分かっているからだ。
その場にいる四人の意向が決心に近付こうとしていた。
その時だった―――。
「私の命が長くないのでしたら……、最後に一つお願いできますかな?」
思考の域に至っている四人の様子を黙って見ていた村長の口から、弱弱しく零れた掠れるほどの小さな声でポツリと呟いた。
四人の思考が一気に停止する。
村長はゆっくりと口を開いた。
「あなたたちが各々の意思を持ってこの場にいると重々承知でおります。それは私にも分かっております。だからあえて言わせていただきたい。どうかお逃げくだされ」
「「「……」」」
「これだけの無人を相手にして勝ち目がないと分かっているのだからその判断に従ってください。私のようなおいぼれとは違って死に急ぐ必要などあなたたちには決してないのだから……ですが、これだけは知っておいてください。あなたたちがいた数日は非常に穏やかな時間を過ごせていました。私がいなくとも後衛たちがいるのならばと安心しておりました。緊張の糸はありながらも不安が和らいだ瞬間でした。あれほど至福の一時を感じたのは久方ぶりでしたので居心地がよかったと自負しております」
「……それは本心なのか?」
ユースティスが試すように聞く。
村長の顔を見て、声色に集中して、動きの変化を確認した。




