第十九章 国王、王女、胸を痛める
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アルミレッドが近衛騎士だと知り、蒼白となるケビン。国王が未だに身分を明かしていない事に戸惑うグラン。そして、その場の流れに乗るシルビアとルクシオ。
その中でアルミレッドは一人胸を痛めていた。勿論、悩んでいるのは身分を明かす事について、である。
シルビア達に身分を証明するのは容易い。極端な話、城に行って、皆の前で玉座に座って見せれば良いだけの話である。しかし、アルミレッドが心配しているのはそれを知った後のシルビアの胸中だった。
事実を知り驚くのはまだ良い。嘘をついていたと責められたのならば、それも甘んじて受けよう。それよりも気になるのは、自分が未来の夫だと知った時、拒絶されるかどうか。なにより、王女としての務めだからと、義務感から嫁がれる事が心底嫌だった。エトワールからここまでの道中、飾ることの無い正直で素直なやり取りを交わしてきた事が、今ではかけがえのない大切な物となっている。それが身分を通して失われてしまうかもしれない事に戸惑っていた。
「はああ」
周囲の状況を見ないまま、溜め息を溢しているアルミレッドに対して、茶を拭いていたシルビアが不安げな眼差しを送る。
「アル? もしかして、疲れているの?」
「いや……」
歯切れ悪く返答するアルミレッドを見かねたのか、グランが殊更明るく言葉を紡ぐ。
「な、長旅だから、へ……アルも疲れているのではないかな? 良ければ俺の知ってるいる宿屋を紹介しようか」
「えっ?」
「……グラン?」
訝しむシルビアとアルミレッドに対して、グランがパチリと片目を瞑る。
「せっかく、城下町に着いたんだからさ。城に直行する前に、一泊して行ったら?」
「ええ、と」
本来ならば、異端者――奴隷についての報告をすぐにでも伝えに行かなければならない。急いで城に向かうのが筋であろう。そう分かっているだけにシルビアは返答に戸惑い、視線を向かいのアルミレッドへと注ぐ。
「……」
アルミレッドも同様に考えているようで、渋い顔をして何やら思案している。しかし、そんなアルミレッドに向かって、グランは再度耳打ちする。
「陛下、悩んでも、答えは出ないんだろ? 今だって、城下町を散策してたみたいだし。とりあえず、気持ちを落ち着けてから城に戻ったらどうだ?」
「しかし」
「大丈夫だって。先に俺が城に戻って、宰相様にご報告がてら、奴隷については出来るだけ調べておくからさ。今は、未来の王妃様に集中してくれよ」
それが、この国の為だろう? そう言葉を続けたグランの瞳は暖かい。
「……すまない」
アルミレッドは小声でそう呟く。奴隷に関しては、確かに一朝一夕で解決出来る問題では無い。信頼の置けるグランと宰相、少ない人数で調べるには日数も必要だろう。
「たが、明日には必ず城に戻る。私も気になることがあるからな」
そう言葉を続けると、グランは頼もしげな笑顔で一度大きく頷いた。
今夜、シルビアに真実を明かそう。そう決意したアルミレッドはその瞳を強く煌めかせると眼前に座る一行に声を掛けた。
「今日は城下町で一泊する」
そう言うと、少し悲しげな笑みを浮かべて次の言葉を続けた。
「……明日は城に赴き、王に会う。今夜は各自ゆっくりと休んでくれ」
「でええ?! お、王様ぁ?」
「ふーん、王様ねー」
アルミレッドの言葉を聞いたケビンとルクシオの反応は様々だったが、シルビアは同じように言葉を発することが出来なかった。
チラリと正面のアルミレッドの顔色を伺う。アルミレッドは少し顔色が悪いものの、何かを決意したように強い瞳でぼやくケビンとルクシオを見やっていた。
アルとの旅も終わりなのね……。
シルビアの心を占めるのは、胸いっぱいの寂しさだった。エトワールを出るまでは、リトグラ国王に認めてもらう事で頭が一杯だった。しかし、アルと出会い共に旅をするようになってから、いつしか国王や王妃といった務めを忘れている自分がいた事に気づかされた。
本来の自分に戻る。
シルビアも今更ながらに、自分がここへ来た意味を思い返していた。
予定では、城下町に留まり職を探すつもりだった。しかし、異端者についてのご報告をしなければならないし、それにはルクシオの紹介も欠かせない。ルクシオは決してシルビアからは離れないだろう。そう思うと、一連の流れが正しいように思える。
――明日、国王と面会する――
その折には、エトワールの恥にならぬよう立派にご挨拶をしなくてはならない。未来の王妃として侮られる事があってはならない。
それを目の前の騎士も望んでくれているだろう。そう思うと、チクリと胸が痛んだが、シルビアはその胸の痛みには気付かないふりをした。
城下町にて一泊した後、国王に面会する。
ケビンは自分が足を突っ込んだ事が、とんでもない方向に進んでいくことに、もはや慣れつつあり、感覚が麻痺していく自分が恐ろしかった。
ルクシオは、シルビアが国王に嫁ぐ予定だと聞いていたので、何とか離れる事なく一緒に居られる方法を画策していた。
シルビアは、自分の王女としての務めとシクシクする胸の痛みに葛藤を覚えながら耐えていた。
アルミレッドは――
アルミレッドは、ここまで来るなかで明確に自分の気持ちを伝えて来なかった事に不安と後悔を覚えていた。
それでも、陽は確実に沈んでいく。
宿を求めて立ち上がった一行の後ろには夕陽が長い影を作っていた。