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魔法少女と悪の美学

 休日の『カモメのゆりかご』は、とっても忙しいです。

 何しろ子供たちがほとんど勢ぞろいしているので、ひとりふたりならまだしも、全員そろえば、どこでも遊園地みたいなものです。

 わたしは朝から洗濯をしたり、小学校低学年の子に勉強を教えてあげたり、そして高学年の子に「おとねぇ、そこ間違ってる……」と指摘されたりして、影で泣いていました。つまり、いつもの休日でした。

 

「ふぅ~、お皿洗い終わりですー」


 リビングで凹の字になったソファーに倒れこむと、わたしの背中に子供たちが飛び乗ってきました。


「おとねぇ、はっしんー!」


「――え、そんなむちゃ振り……っ。おとねぇ1号機――発進です!」


 どこかのアニメの巨大ロボットの役目を仰せつかったわたしは、子供たちを背中に乗せて、暴れ馬のごとく体を揺り動かします。

 子供たちが、きゃっきゃっと喜んでいました。わたしの髪の毛をつかんで、操縦桿そうじゅうかん代わりにしています。

 喜んでくださるのはうれしいのですが、ちょっと痛いです……無毛になったらどうしたらいいんでしょうか。


 夕方ごろになると、子供たちも少し疲れてきたのか、うとうとと眠ってしまった子がいたり、18時からのアニメに釘付けになっていました。

 皆さんアニメの時間は、とてもおとなしいのです。

 わたしも子亀を乗せた親亀状態のまま、ソファーに寝そべり、魔法少女が変身して悪党を退治するさまを眺めていました。


 ちょうど、その頃のことです。

 涼くんが「……ただいま」と、つぶやいて、リビングに入ってきました。

 子供たちは普段ならば「りょうにぃ、おかえりー!」と涼くんに駆けよるのに、その時間はアニメに夢中で、ろくに彼の方を見ていません。

 とりあえず、うつぶせ状態のわたしだけが涼くんにむかって、手をあげました。


「お帰りなさい、涼くん」


「……ああ」


 涼くんは、土日も部活で学校に行っていることが多いです。

 特に今日は他校との試合があったらしく、早くから出かけていらっしゃいました。

 涼くんは首にかけていたタオルを、わたしの顔にむかって放りなげてきました。


「うわぁ! な、何するんですか……」


 視界が白いタオルで、覆い尽くされます。

 涼くんは、なぜかさらに――わたしの口にそのタオルを押し付けようとしてくるのです。わたしは息苦しくなりました。

 うっすらと目に涙まで浮かんできます。

 しかも、いまは夏場です。試合中の汗を大量に吸い込んでいたのか、何だか湿っているし、ほのかに涼くんの匂いがします。

 涼くん、ひどいです……。

 涼くんの意地悪には慣れているつもりでしたが、これは殺害未遂ではないでしょうか。

 謝罪と賠償を要求します……。


「……苦しい?」


 涼くんは、どこか熱がこもったような瞳で、わたしのことを見おろしていました。

 わたしがどうにか口を開こうとすれば、タオルごしに唇を割って――人差し指と中指が押し込まれました。

 

「ん、ぁ……っ」


 わたしは、突然の涼くんの奇行に……仰天してしまいました。

 口内を押し広げられて、呆然としてしまいます。

 涼くんの指が喉の奥まで伸びてこようとして、わたしは吐き気をおぼえました。


「……んん」


 わたしが必死に、涼くんの手首をつかんで押しやろうとしているようすをご覧になって――ようやく、涼くんは指を引きぬきました。

 わたしは、咳き込んでしまいました。

 苦しかったです……。

 ……しかも、意味がわかりません。


 さらに言えば、親亀がこんなに苦境に立たされていたのに、わたしの背に乗っていた子亀はアニメに夢中でこちらに全然視線を寄こしてきません……。

 わたしは、涼くんを睨み上げました。


「ひどいではないですか、涼くん……っ」


「俺のタオルを欲しそうに見ていたから、あげただけ」


「欲しくないですよ! ちゃんと、洗濯物のかごに入れてくださいよ……!」


 ……こうして、涼くんに嫌がらせを受けることは――もう慣れっこです……。

 たちが悪いことに、涼くんは誰も見ていないときに、やってきます。

 いえ、仮に見ていたとしても――涼くんは弁が立つので、周囲をうまく丸め込んでしまうのです。

 そして何故か、わたしの方が悪者扱いされてしまいます。

 それで、クラスで孤立してしまったことも、一度や二度ではありません……。


「俺のタオルなら、俺のファンの女の子たちに高値で売れるよ?」


 どこか馬鹿にしたように、涼くんは言い捨てました。

 ――涼くんは、確かに見目のよい方です。長身白皙ちょうしんはくせきで、日本人離れした容姿と亜麻色の髪は……クラスの女子をとりこにして、やみません。

 高値で売れる……。

 一瞬、その言葉に『ああ、特売のお肉じゃなくて、あの霜降り牛ステーキが買えるのですか……!?』と心が揺らぎましたが、どうにかプライドの4文字で乗り切りました。

 涼くんにタオルを投げ返してやります。


「いりませんよ。ベーだ!」


 わたしは舌をだして、涼くんに向かって、あっかんべーをしました。

 涼くんは、ゆったりと優しく微笑みました。


「……また指を入れられたいの?」


「ひぃぃ……っ!」


 わたしが思いっきり後ろに退いてしまったせいで、背中に乗っていた子供たちがころりとソファーに落ちました。


「もう! おとねぇ、りょうにぃ! さっきから、うるさい……っ! いま、めちゃくちゃ良いところなのに!」


 そう叫んだ少女は、テレビ画面に映る魔法少女に夢中のご様子でした。

 わたしは軽くなった身を起こして、ソファーに座りなおしました。

 涼くんはすでに興味が失せてしまったのか、リビングとつながった台所に向かっています。

 テレビの中では、力に目覚めた魔法少女がステッキを振りまわしていました。

 その瞬間、少女の体が光に包まれます。


「「「おお……っ」」」


 リビングにて、子供たちのどよめきの声が広がりました。

 わたしもつい拳を握りしめて、主人公に心の中で声援を送り続けます。

 少女は十秒ほど裸になり――その間に、衣装がチェンジします。

 最後には『マジカル☆パワー』と決め台詞を叫んで、ビシッとポーズを決めておいででした。


 そんなときに、涼くんはソファーまで戻ってきました。

 いつもの彼ならばさっさと自室に戻ってしまうか、シャワーを浴びるところでしょうに、珍しいことです。

 パックのオレンジジュースにストローを差し込み、口をつけていました。

 どこかつまらなそうに、彼は魔法少女を眺めています。


「下らない……」


「下らなくないですよ! 良いアニメじゃないですかー。悪を最後には滅ぼす主人公……素敵ですよ……っ」


 涼くんは、どこかげんなりしたような表情をなさいました。


「――勝った方が正義を語れるだけだろ。俺、こういうアニメ嫌い」


「……涼くんは、ひねくれています。もっと清純な心で、アニメを見ましょう……」


「まあ、ひねくれているのは、否定はしないけど。だから綺麗なものを見ると、けがしたくなるんだろうな」


 何故か、そこだけは妙に――感慨深げに、頷かれました。

 涼くんはソファーの背もたれの部分に、肘をついていらっしゃいます。

 わたしも、ソファーに寄りかかって、画面のむこうの魔法少女を見続けました。

 涼くんの態度には棘があるものの……それでも、いつものように無視や意地悪をされないだけ、かなり良い日です。


 ……だから、でしょうか。

 わたしは何気なく――普段から気になっていたことを、口にしてみました。


「――涼くん。アニメの悪役の方って、皆さん、やさしいと思いませんか」


「……は?」


 涼くんはストローから唇を離して、怪訝そうにわたしを見つめてきました。

『何言っているんだ、馬鹿なのか? こいつは……』

 ――と、彼が言わずとも、その感情が伝わってきました。

 だてに、短くはない幼馴染歴です。


 一瞬、心がくじけそうになりました。

 しかし、めったにない涼くんと話ができそうな時間です。

 がんばって、日常会話を続けてみることにしました。


「……だって、敵役の方は――皆さん、主人公の変身シーンを待っていてくださるではないですか。10秒くらいあるのに」


 ――そうなのです。

 そこが、わたしが常日頃からアニメに対して感じている、一番の疑問点です。


「皆さん、紳士的すぎではありませんか? もしも、わたしが悪役を仰せつかった日には、主人公の一番の弱点である――変身シーンで、渾身こんしんの一撃を食らわせますよ」


 主人公が変身している最中、悪人の方たちは何をなさっているのでしょうか。

 ……もしかしたら、正座で待機しているのかもしれません。


「乙葉は、変なことを考えるなぁ……」


 涼くんは、どこか呆れたような顔をなさって、こう続けました。


「――多分、悪役だって、主人公と正々堂々と戦いたいんだろう。だから、主人公が変身するまで、待っていてやっているんだろ」


「なにその悪役!? 格好良いです……っ!」


「それか、じつは変身シーンは一瞬だったとか」


 わたしは、「なるほど……」と、涼くんのお言葉が、すんなりと腑に落ちました。

 アニメだから、わずかな時間でも伸ばして映しているのかもしれません。

 これぞ、編集力! ディレクターの技術のたまもの……!


 わたしは少し興奮してしまいました。

 拳を握りしめながら、涼くんに向かって聞いてみます。


「もしも、涼くんが悪役だとしたら――主人公の10秒間の変身シーンを待っていてあげますか?」


 涼くんは、眉根をよせています。


「なに、それ……?」


「いやいや、たとえ話ですよー」


 わたしの言葉に、涼くんは少し視線を外して考えていらっしゃいました。


「……まあ、1度目なら。『何しているんだ、こいつ』って……興味を持って、つい見てしまうかもしれない。だが、2度目はないな。うっとうしいから、さっさと刺して終わらせてやる」


「ひどいです、涼くん……っ」


「時間を短縮してやっているだけだって。どうせ、俺に刺されるのは一緒なんだから」


 涼くんは視線をリビングの扉に向けました。

 ――そろそろ、わたしたちの会話は終わりなのでしょう。

 すでに、涼くんの興味はここにはないことに……わたしは気づいてしまいました。


 そうして、わたしはいつも――もっと、とりとめのないことを話していたいのに、と鬱屈した感情を抱いてしまいます。

 そう、もっと、つまらないことを話していたいのです。

 家族みたいに。

 友達みたいに。

 幼馴染みたいに。

 だって、そういうものが蓄積ちくせきされて、お互いの関係というものは築いていけるのでしょうに。


 涼くんは、わたしから離れる前に――ぽつりと、おっしゃいました。


「乙葉が主人公だとしたら、どうするんだ?」


「え……?」


「――もしも、あんな魔法のステッキがなければ……。どうやって、変身するつもりなんだ?」


 質問の意味がわからず、首をひねってしまいました。

 けれど、わたしは考えてみました。


「そうですね……わたしは敵の方に言いますよ。『どうか、1分ほど待っていてください。すぐに隣の部屋で、衣装を着替えてきますので』と!」


「……俺、そんなに待てないんだけど」


「涼くん、ひどいです……っ」


「無駄な時間を、切り捨ててあげているだけ」


 わたしは涼くんを睨みつけました。

 涼くんは、どこ吹く風といったご様子です。

 テレビのむこうでは、アニメのエンディング曲が流れています。


『また見てね!』


 そう言うピンクの髪をした少女にむかって、涼くんはものすごく嫌そうな顔で「絶対、見ない……」と、返事をなさいました。

 そして、そのまま立ち去って行かれます。

 わたしは「はぁー」とため息を漏らして、その場に倒れ込んでしまいました。

 

「おとねぇ、どうしたのー?」


 アニメが終わって、ようやくこちらに子供のひとりが視線を向けてきました。


「いえ……友達が欲しいなーと思って」


「ヒーローには、ともだちはいらないよ! アイとユウキだけがあれば、いいんだよ!」


 どこかのアニメに影響されたのか、少年がそう拳をかかげています。


「わたし……ヒーローじゃないですし。友達が欲しい系女子ですし……」


 わたしがそうつぶやくと、子供のひとりが言いました。


「ともだちは、こころの中にいるよ……!」


「何ですか、それ……深いです。そして、悲しい……」


 わたしが胸を押さえながら、ハードボイルドの主人公のような心境にひたっていると、子供たちがわたしの体に飛び乗ってきました。


「おとねぇ、はっしんー!」


「……はい」


 ヒーローではなく巨大ロボですが。

 ――仰せつかった役目ならば、たとえ黒子だろうと、やり遂げてみせましょう。




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