墓標を読む
城の古い墓地で書記官イセラは、三度目に倒れた勇者の埋葬記録を確かめていた。墓標の場所は現存するが、上に刻まれた名はない。埋葬された者の出身も年齢も分からず、当時は『侵入者』とだけ記した。
墓守の老人は、その夜に雨が降っていたことを覚えていた。棺は護衛と医官が見届け、墓地の奥に運び込まれた。土を埋めるとき、剣は一緒に入れなかった。焼け跡のある柄だけが遺品箱に収められ、刃は処分されたという。
「もし同じ男が歩いているなら、ここには誰が眠っているのでしょう」
イセラの問いに、墓守は答えなかった。骨を掘り返せば分かることもあるかもしれないが、誰がそのために墓を開く決定をするのか。彼は単に長く墓を守ってきただけだった。
イセラは魔王ヴァルゼンへ報告し、古い記録を読み直す許可を得た。ヴァルゼンは墓を暴く命令を出さず、まず生存する立会人の証言を集めよと告げた。
帰り道、イセラは墓地の脇で花を植える女に会った。女は兵を亡くした妻で、夫の名を毎年なぞっているという。名のない墓の前にも、小さな白い花を一本置いていた。
「誰かが眠っているのなら、何もないよりはいいでしょう」
墓守は長い柄の箒で石段を掃きながら、墓に名がなくても置かれる花の数で忘れられていない者がいると話した。イセラは記録のためだけに来た自分が、墓をどう見ていたか考え直した。ここには兵や病人の家族が訪れ、静かに名を呼ぶ。疑問を解くために急いで足を踏み入れれば、その人々の場所を荒らしてしまうかもしれなかった。
イセラは礼を言い、墓標の場所を地図へ写した。記録を正しくするために、眠る者へ何をしてよいのか。その問いは紙の余白へ残った。




