紋章の裏面
学匠モールは東の石壁から写された紋章を、乾いた机の上へ広げた。古い図書に似た印はあったが、正確に同じものは見つからない。弟子ソラは紋章の中央に描かれた波の線が、城下の古井戸の石組みに似ていると気づいた。
「井戸の印なら、どうして東の森に」
モールは答えず、ソラに古い水路の図面を持ってこさせた。図面は三代前の職人が描いたもので、線の太さも距離も一定ではない。石壁の場所に、消されたような黒い染みがある。
弟子はすぐに秘密の入口だと言いかけた。モールは紙の裏面を見せ、染みが裏から滲んだインクだと教えた。地図の空白を都合のよい答えで埋めれば、現地で足を踏み外す。
二人は石壁の傷の角度を測り直した。新しい五本の線は刻まれた高さが揃っていない。背の違う者が彫ったのか、一人が段差に立って刻んだのか。ソラは両方を記した。
昼には庭師トゥナが来て、石壁の苔について意見を求められた。トゥナは苔が剥がれた理由を断定しなかった。風向き、水滴、獣の体が擦れた跡。城の庭では同じ壁でも一歩違えば苔の生え方が変わるという。
ソラが図面の余白を見ていると、古井戸の水くみ歌の歌詞が浮かんだ。歌には『三つ曲がれば冷たい水』という一節がある。モールは面白がったが、昔の歌の三つが水路の三叉路とは限らないと釘を刺した。ソラは歌を資料の端へ記し、翌日は井戸の年寄りに由来を尋ねてみようと決めた。書物以外にも、土地に残る記憶はあった。
夕方、モールは紋章の写しを布で包み、図書棚ではなく作業机へ残した。調べる手がかりは増えたが、まだ誰も石壁の向こうを歩けない。ソラは窓を閉める前、濡れた土から上がる夜の匂いを吸った。答えのない資料にも、明日開く頁は残っていた。




