閉じた戸口
魔王ヴァルゼンの前には、東の森の図面と三年前の討伐記録が並べられていた。執政官メルドが状況を説明しているあいだ、護衛長ダルムは扉の傍らで黙っていた。謁見の間には朝の光が差し、赤絨毯の毛並みが細かく見える。
「その男を見た者の名は」
「斥候ネイン。見間違えの少ない兵です」
ヴァルゼンは討伐記録に目を落とした。一度目は胸を貫き、二度目は頭蓋を砕いた。三度目は首を落とした。死を確認した者は全員、今も城にいる。記録に疑いを差し挟む余地はなかった。
「恐れているのか」
ダルムの問いに、魔王は少し考えた。
「理解できぬことは、恐れとして残る。だが、まだ東の森を歩いただけだ」
メルドは深く息をついた。国境の全兵を動かす命令が出れば、畑に戻れない者が増える。補給隊を臨時に編成するだけでも、冬支度が遅れる。
「見張りを増やせ。ただし農具を置かせるな。田畑を空にしては、勇者が来なくとも飢える」
その言葉に従い、東部の砦へ兵が二人だけ追加された。大きな命令ではない。だが二人分の寝床を用意する者が必要で、二人分の薪を割る手も必要だった。
謁見が終わるとダルムは扉へ向かった。ヴァルゼンは彼を呼び止めなかった。昔、試しにその後ろについて歩こうとしたことがある。ダルムの背が敷居を越えると、魔王の足はそこから先へ進まなかった。
ヴァルゼンはメルドに、東部の村へどのように知らせるかも相談した。死亡記録をそのまま読ませれば、誰もが眠れなくなる。何も知らせなければ、危険が来たとき逃げる用意ができない。村長には確かな目撃情報だけを渡し、根拠のない噂を広めぬよう頼むことになった。扉の外では書記の若者が、村長の名を一人ずつ控えていた。
今日も扉は開いていた。向こうで人々が歩く。それだけのことが、玉座にいる彼にはできない。




