入らなかった荷車
南の市場で羊毛商人オードが困っていた。人間の荷車は境界を越えられるのに、荷台に乗せた魔族の若者は途中から身動きできなくなったのである。若者は親類の婚礼へ届ける染布を抱えていた。車輪は回るが、本人だけが板に釘付けにされたように座ったまま、顔を青くしていた。
守備隊長グラドは荷車を止め、若者を境界の内側へ降ろした。足はすぐ動いた。御者は怯えて荷を引き返そうとしたが、グラドが理由を説明すると、染布だけなら運べることに気づいた。若者は手紙を添え、人間の御者へ預けることにした。
「本人が行けないのに、布だけ行けるとは」
オードが言うと、グラドは笑わなかった。昔からそうなのだと言うほかない。婚礼に出席できないことと贈り物が届くことは、どちらも本当だった。
市場の魚売りリナは、御者へ温かい汁を出した。若者は染布の模様を覚えておいてほしいと頼み、婚礼の相手が喜んだか後で聞かせてくれと言った。オードは次の往復で返事を運ぶと約束した。
午後、境界の杭のそばへ子供たちが集まった。荷車が行き来するだけなら珍しくない。しかし座ったまま進めなくなった若者の話は、子供たちにとって初めて聞く境界の形だった。グラドは怖がらせぬよう、近づきすぎない距離から石を見せた。
染布を届けられなかった若者は、婚礼で歌うつもりだった短い祝い歌を御者に教えた。御者は音を外し、周囲の商人に笑われながら何度も練習した。布は荷車に載せれば運べるが、歌は覚えなければ届かない。二人が声を合わせると、魚売りリナまで節を覚えてしまった。市場の人々も節を覚えた。
日暮れ、御者の荷車は南の道へ消えた。若者はしばらく見送っていたが、やがて市場の片付けを手伝い始めた。行けない場所があるからといって、今日の手を止めるわけにはいかなかった。




