閉じない診療所
城下の診療所で最初に熱を出したのは、旅人ではなくパン屋の息子だった。母親は人間の荷車が増えたせいだと怒ったが、医官セフィは咳の始まった日を尋ね、店に来た客の名を集めるより、今夜の水と寝床を確保するよう勧めた。
午後には同じ家で祖父も熱を出した。セフィは店の窓を開け、穀粉の舞う厨房とは別の部屋へ二人を寝かせた。焼いたパンを売る必要はある。病人を抱えた家から働く手をすべて奪えば、翌日の食べ物がなくなる。
助手リグは患者へ渡す薬の紐を確かめた。結び方を変えておいたおかげで、暗い寝室でも瓶を迷わず選べる。少年は苦い薬を飲みたがらず、母親は乾燥果実を小さく切って口直しにした。
夕方、人間の荷車が診療所の前で止まった。御者は旅の途中で負傷した膝を見せたが、行列に魔族の患者がいるのを見て引き返しかけた。リグは診療札を渡し、順番が来るまで軒下で待ってほしいと告げた。膝の傷は人間と魔族で違う位置にあるわけではなかった。
雨が降り始めると、診療所の屋根から一箇所だけ水が漏れた。セフィは患者の寝床を動かし、使いへ桶を持ってこさせた。止めるべきものが熱なのか雨なのか分からなくなるような夜だったが、誰も戸を閉じて帰らなかった。
診療所の手伝いを申し出た薬売りは、患者の名前を聞いて帳面に書こうとした。セフィは名簿を無関係の者へ見せないよう頼み、代わりに使い終えた器具を煮沸する仕事を任せた。薬売りは最初は不満そうだったが、大きな釜を何度も運ぶうち汗だくになった。知らぬ患者の秘密を守りながら助ける方法はある、とリグは釜の下へ薪を足した。
翌朝、パン屋の息子の熱は少し下がった。診療所の前には乾いたパンが一籠置かれ、送り主の名前はなかった。




