火を消さない夜
東の砦では、門番ユリが小さな油皿の火を見守っていた。剣の男が城への道を尋ねたという知らせは、夕方には兵たち全員へ伝えられた。誰も大声を出さず、必要な荷を手の届く場所へまとめている。
兵ロアは巡回から戻り、年長のベドと一緒に木柵を確かめた。古い杭は湿って柔らかくなり、手で揺らすと少し動いた。二人は新しい杭を打ち、夜のうちに補強できる場所だけを直した。
「眠れそうか」
ベドが尋ねると、ロアは首を振った。
「でも、明日も働けます」
二人は言葉を交わさず、最後の縄を結んだ。砦の周囲には、まだ村の人々が暮らしている。逃げ道を覚えた者もいれば、畑を離れたくない者もいた。どちらの気持ちも軽く扱えなかった。
夜更け、村の母親が砦へ来た。林で牛を追った少年の母親で、怪我をした膝に塗る薬を受け取りに来たのだ。医官から送られた小瓶をユリが渡すと、母親は何度も頭を下げた。
「またあの人が来るのでしょうか」
ユリは分からないと答えた。嘘をついて安心させることはできない。
母親が去ると、ユリは小さな灯へ油を足した。東の森にある道は暗く、帰って来る者が灯を見失うかもしれない。火を消さない理由は、それだけで十分だった。
レシュは砦の奥で、村から預かった避難者の名簿を読み上げた。まだ来ていない家もあれば、畑を守るため家に残った者もいる。誰かを臆病者とも無謀とも呼ばなかった。名簿の余白に、困ったとき届けるべき薬と食料の数を書き足した。ロアは字の苦手な村人の代わりに名を記し、ベドは井戸の水を汲んだ。夜の砦は戦う準備だけでなく、暮らしを迎える準備も続けていた。
遠い城の謁見の間でも、同じ夜が続いている。魔王ヴァルゼンは地図を閉じた。扉の向こうで足音がしても、彼はその場所から動けなかった。




