放たれなかった矢
牛を追う少年は林の途中で転び、膝を擦りむいた。剣を背負う人間が近づくのを見て、少年は身を固くした。砦の見張り台では弓兵たちが矢をつがえている。
隊長レシュは撃つなと命じた。剣の男が少年へ刃を向けていない以上、先に攻撃する理由はない。だが少年の傍へ近づくことも、魔族には境界が阻んでできなかった。
男は牛の縄を拾い、少年の手へ戻した。何か短く言ったが、遠くの砦までは届かない。少年が頷くと、男は仲間の元へ引き返した。
その姿を見てロアは混乱した。魔王を三度襲い、三度討たれてなお戻った男が、村の牛を拾ってやった。目の前の行動だけを見れば、悪意は感じられない。
ベドは弓兵の一人に少年を迎えに行かせた。帰ってきた少年は、男に礼を言ったと話した。名前を尋ねられたが、怖くて答えられなかったという。
「どこへ行くか聞いたか」
少年は首を振った。男は東の石壁の方を指して、そこから城へ続く道があるかと尋ねたらしい。少年は知らないと言った。
砦へ戻った少年は、剣の男が自分の言葉を待ってくれたと話した。牛の縄を渡すときも急がず、傷のある膝を見て立ち上がるのを手伝ったという。レシュは少年の話を最後まで聞いた。彼が見たものを否定すれば、次に危険を目撃しても話してくれなくなるかもしれない。剣の男が何者でも、少年が受けた親切は確かにそこにあった。
母親が迎えに来ると、少年は初めて声を上げて泣いた。無事に戻ってから怖さを思い出したようだった。レシュは話の続きを翌日に回し、二人を帰した。
レシュは報告を書きながら、兵たちへ休むよう命じた。矢を放たずに済んだことを喜ぶ者はいたが、男が城への道を探しているという事実は消えなかった。




