冷めた夕餉
魔王城の食堂で、医官セフィは冷めた夕食を前にしていた。東の砦へ送る薬を選んでいたら遅くなったのだ。護衛長ダルムが湯を持って来て、椀を少し温め直した。
「まだ戦が始まったわけでもないのに」
セフィは呟いた。包帯と止血薬は限りがある。冬の発熱患者へ使う分を削れば、戦わずに失う命が出るかもしれない。
ダルムはその心配を聞き、東への輸送量を相談した。すべて運ぶのではなく、必要な薬を分け、急ぎのときに取りに来られる仕組みを作る。
「兵はそれまで持ちこたえられるかしら」
「持ちこたえさせる。無理な約束はしない」
二人は食堂の窓から城下を見た。祭りの灯は消えたが、町家には温かい明かりが残る。鍛冶師も裁縫師も、今夜は自分の家で食事をしているだろう。
そこへ書記官イセラが入って来た。東から新しい報告が届き、四人組が砦の巡回路の近くで見つかったという。ダルムは椀を置いた。
セフィは立ち上がろうとしたが、イセラが止めた。まだ負傷者の報せはない。今ここで慌てても、包帯の数は増えない。
セフィは送る薬の瓶を一本ずつ布で包んだ。揺れる荷車で割れれば、必要なときに使えない。助手のリグが瓶の札を読み上げ、セフィが中身を確かめる。作業を急いでいたリグは一つを取り違え、すぐに気づいて顔を赤くした。セフィは叱らず、今気づいてよかったと答えた。兵の命を守るのは勇ましい言葉より、間違いを隠さない手つきだった。
リグは間違えた瓶を別の棚に戻し、札を二度読み直した。
三人は簡単な夜食を分けた。冷めた椀の底には根菜が残っていた。セフィは最後まで食べてから、診察室の灯をつけ直した。




