地図の空白
謁見の間へ持ち込まれた新しい地図には、東の石壁の向こうが白く残されていた。人間の商人の話と古い水路図を重ねても、道がどこへ続くか分からない。執政官メルドはその空白を指した。
「彼らはここへ入ることができます。我々はできません」
魔王ヴァルゼンは地図を眺めた。自分の住む城の周囲に、知らない道がこんなにある。兵が努力しても、魔族にとって見えない先へは進めない。
「見える場所を詳しくしてくれ」
メルドは顔を上げた。
「空白を埋めるより先に、村への道を確かめる。彼らがこちらへ来るなら、その道を使うかもしれぬ」
護衛長ダルムは同意した。兵に無理な遠征を命じても、境界で足が止まるだけだ。代わりに水場、橋、倉庫、丘の陰を調べ、逃げられる道を増やせる。
魔王は机に置かれた古い討伐記録を開いた。三度目の勇者は、城の石段で首を失った。それを思い出すたび、戦いに勝ったという手応えが遠くなる。
「また来るだろう」
誰も否定しなかった。来ると決まったわけではない。それでも備えをやめる理由にはならない。
ダルムは城門から謁見の間までの廊下を何度も測った。扉の幅、階段の数、曲がり角の死角。三年前の戦いでは、剣の男が予想しない速さで階段を登ってきた。兵を増やしても通路が狭ければ互いの動きを塞ぐ。ダルムは護衛の配置を改め、逃げ遅れる使用人のための通路を一本空けるよう命じた。戦う者だけが城にいるわけではなかった。
廊下の曲がり角には、古い時代の傷がまだ残っていた。
会議の後、地図は書記官へ戻された。空白は白いままだったが、村へ続く道には新しい印が増えていた。




