遠くの獣
東の砦の兵たちは、斥候ネインの報告を何度も読み返した。硬皮獣は森の奥に棲み、村の近くへは滅多に出ない。討たれたことで困る者はいないはずだった。
隊長レシュはそれでも、獣がいた谷の地図を調べた。硬皮獣は古い石壁のそばで縄張りを作る。石壁は境界の一部に重なっており、その先には魔族の兵が進めない通路がある。
「勇者は獣を倒しに来たのでしょうか」
ユリが尋ねると、レシュは分からないと答えた。獣を倒すために石壁へ近づいたのか、石壁へ行くために獣を倒したのか。その違いは大きい。
砦には村の男が来ていた。薪を運ぶ道を整えてほしいという。石壁の方を警戒して兵を動かせば、冬の薪が届かなくなる。レシュは二人の新兵を一日だけ村へ貸した。
夕刻、ユリは報告を書き写した。剣の男が獣を斬った一撃について、ネインは『前回の戦いと比べ、著しく速い』と記していた。
ユリはその言葉に印をつけた。前回とは、魔王が三度目に討った夜のことだ。確かに死んだ者の技が増したという、理解できない記録だった。
レシュは硬皮獣の皮について、城の皮革職人へ手紙を書いた。獣の革は分厚く、昔は盾の内張りに使ったという。だが皮を剥ぐにも道具が必要で、谷の奥まで職人を連れて行くのは危険だった。村の者が欲しがっても、しばらく谷へ近づかないよう頼むことにした。レシュは命令を出す前に、猟師ファロにも相談した。山を知る者の意見が欲しかった。
砦の水桶は朝から満たしてある。
夜番へ向かう前、ユリは小さな灯の油を補充した。遠くの谷で何が起きても、砦の足元に灯がなければ、帰って来る村人は道を見失う。




