変わらない炎
学匠モールの部屋には、三十年前の術比べの記録が残っている。若い頃の弟子がどれだけ火を出せたか、紙に円を描いて確かめたものだ。今、その弟子は城の料理人になり、同じ大きさの火を毎朝起こしている。
「昔より上手になったのでは?」
新しい弟子のソラが言った。モールは頷いた。料理人の火は安定し、鍋を焦がさずに済む。だが炎が届く距離も、熱の強さも、昔の記録から大きく変わっていない。
「技は磨ける。だが火そのものは増えない」
魔族にとってそれは嘆くことでもない。翼のある者は飛ぶのが上手くなり、力の強い者は荷を安全に運べるようになる。持って生まれた力が際限なく膨らむことはなかった。
ところが勇者の三度の戦いの記録は違う。最初の剣は魔王の肩を切れず、二度目は鎧に傷をつけ、三度目には階段の石を砕いていた。剣の材質だけでは説明できない。
モールは新しい図を描いた。魔族の力は横に広がる道、勇者の力は上り続ける坂として記した。図を見たソラは、坂の上には何があるのかと尋ねた。
「それはまだ知らん」
モールは図を裏返した。知らないことを恐れる気持ちはあったが、証明できない答えで弟子を慰めたくはなかった。
モールは昔、火の強さを増そうとして炉を壊したことがある。力を込めるほど炎は荒れたが、最大の熱量は変わらなかった。壊れた炉を直したのは師匠で、今も部屋の壁に焦げ跡が残っている。弟子のソラにその傷を見せると、モールは誇ることではないと言った。自分の限界を測ることと、限界へ向かって壊れることは違う。学匠となった今も、あの焦げ跡が教えてくれる。
夜、料理人が温かいスープを持ってきた。モールは礼を言い、あの火で今夜も鍋を焦がさなかったのだなと笑った。




