眠らない書斎
執政官メルドは、城の予算書を夜更けまで読み込んでいた。東の砦の補強費、井戸の修理、冬の薪。どれも減らせば誰かの暮らしに響く。戦の支度ばかりを優先すれば、城の外の村から人がいなくなる。
机の隅には勇者の出現記録があった。一度目から三度目まで、間隔は一定ではない。最初の死から再出現までは十数日、二度目はもっと短かった。三度目からは長く姿を見せず、今また東の森にいる。
メルドは日付を並べ、何らかの規則があるのではと考えた。だが数が少なすぎる。誤った予測で兵を動かすのは危険だった。
「まだ起きているのですか」
妻のサラが書斎へ入った。彼女は城下の学校で子供に数字を教えている。机の上の紙を見て、メルドがまた眠りを忘れたと知った。
「数字が合わん」
「合わない数字は、寝ても逃げませんよ」
サラは冷えた茶を下げ、代わりに温かい湯を置いた。メルドはようやく筆を置いた。
明朝には西の村長が来る。井戸の修理を早めてほしいという願いだ。勇者の行動を読み切れなくても、井戸の深さなら測れる。今日できる仕事を先にするしかない。
メルドの机には、若い頃に城下の洪水を調べた地図も置かれていた。あの年は東の橋が流され、商人も兵も一緒に土嚢を運んだ。地図には一つずつ避難した家の印が残る。今の報告書を読むとき、メルドはいつもあの地図を思い出す。危険が去った後に必要になるのは、戦いの記録だけではない。畑を戻し、井戸を洗い、家を直すための数字も残さなければならなかった。
書斎の窓からは夜の城下が見えた。学校の灯も消えている。そこに通う子供たちが、明日も同じ机へ向かえることをメルドは望んだ。




