声の届く場所
謁見の間の入口には、執政官メルドが置いた木椅子がある。長い報告を待つ者が腰を休められるようにしたものだ。魔王ヴァルゼンは時おり、椅子に座った者の話し声を聞いていた。
今日は城下の裁縫師が来ていた。衛兵の外套を直すために布の支給を求めたのだが、仕立て屋同士で分配を巡って揉めている。メルドが一人ずつ話を聞き、帳簿に縫い目の長さまで書き込んだ。
「陛下まで聞かせる必要はないでしょう」
衛兵が言ったが、ヴァルゼンは手を振った。
「布が足りないなら、兵は冬を越せぬ。小さい話ではない」
裁縫師は恐縮した。魔王の顔を見たのは初めてだった。冠は重そうで、両腕には古傷がある。それでも針の種類を聞く声は穏やかだった。
裁縫師が去ると、メルドは東の森の調査費用を示した。地図の複製、馬の飼料、見張りの追加。まだ戦闘は起きていないのに支出は増えている。
「抑えるか」
「抑えるところと、抑えられないところがあります」
メルドは裁縫師への布を削らなかった。寒さで病人が増えれば、治療のためにもっと多くの資材を使う。
裁縫師が去った後も、魔王は外套の布見本を手元に残した。深い緑の布は城壁の苔に似ていて、雪の中では目立たない。夜番用には明るい色も必要だとダルムが言う。ヴァルゼンは二種類を使い分けるよう勧めた。城に入ったばかりの兵が寒さを隠して立っているのを知っていたからだ。メルドは布の数だけでなく、届け先も記した。
日暮れが近づき、謁見の間の扉が閉められた。廊下ではまだ裁縫師が衛兵と話している。ヴァルゼンはその声が遠ざかるまで耳を澄ませた。彼が歩ける場所は限られているが、人々の声はそこへ届く。




