遠い子の熱
診療所へ東から二枚の報告が届いた。一枚は老いた旅人の平熱、もう一枚は川向こうの子供の発熱。医官セフィは熱の高さだけで病気を決めず、水が飲めるかと呼吸の様子を尋ねる返書を作った。
川向こうへ薬を運ぶのは人間の舟頭だった。助手リグは袋を二重に結び、名前の読めない家でも間違わぬよう、家の屋根の色を札へ描いた。村の者が手伝い、対岸の赤い屋根を確かめた。
セフィは自分がその家へ行けないことを思い出した。魔族の境界に足を止められる医者は珍しくない。それでも診察の仕方を教え、必要なら人間の医師へ相談できるよう記録を揃えている。
昼過ぎ、子は水を飲めたという返事が来た。熱はまだ下がらない。セフィは次の薬をすぐ出さず、使った分の効果を観察するよう頼んだ。
川向こうの家には新しい井戸がなく、飲み水は隣家から分けてもらっていた。セフィは水の保存方法を尋ね、薬だけでは熱が治らない可能性を考えた。人間の医師へ送る手紙には、子の症状だけでなく家の水の事情も加えた。
薬を受け取った舟頭は、濡れた札の絵が読めるか確認し、赤い屋根の家を指さした。リグは帰りの便で容器を返す必要はないと伝え、空き瓶を再利用する際の洗い方を書いた。対岸の子供の息づかいは誰も直接聞けない。それでも家の者へできる手順を一つずつ伝えていった。
赤い屋根の家へ水を運ぶ隣人がいると分かり、セフィはその者にも礼を伝えるよう頼んだ。薬だけで治療が成立するわけではない。病む子の母は仕事を休めず、夜には祖父が付き添うという。リグは交代の際にも症状を書き残すよう簡単な札を用意した。誰か一人が眠れないまま看病を続けぬための工夫だった。




