名前のある墓
墓守は城下の墓地で、墓標に刻む名前を尋ねた。新たに運ばれた遺体は東の山で転落した魔族の若者で、遺族はまだ知らせを受けていない。墓守は勝手な文字を刻まず、板を伏せて待った。
医官セフィは死因の記録を提出した。病や傷の治癒と違い、命そのものを戻す手段を魔族は持たない。墓守はそれを知っているから、少しでも取り違えがないよう遺留品を洗った。
夜になり、若者の母が到着した。境界に阻まれ、最後の働き場まで迎えに行けなかったという。母は息子の古い呼び名で泣き、それから正式な名を告げた。墓守は墨を取り出し、一文字ずつ確かめた。
翌日、墓に土が盛られた。遠くで勇者がまた現れたという噂がしても、若者の名は戻ってこない。母は花を植え、その根が折れぬよう土を手で寄せた。
若者の衣には小さな鈴が縫いつけられていた。山道で迷わぬよう家族が付けたものだという。墓守は泥を落とし、鈴を遺族へ渡せるよう布に包んだ。母が来るまで安置室の窓を閉め、見物人が入らぬよう知らせた。
セフィは転落の状況を調べ、傷がどのように致命傷になったかを遺族へ伝える準備をした。死を受け入れてもらうために残酷な説明を増やす必要はないが、曖昧にすれば母はいつまでも別の可能性を探す。正式な名が墓標へ刻まれると、母は鈴を鳴らさず握った。鳴れば息子が戻る気がして、手を開けなかった。
墓守は母に墓標の向きを尋ねた。朝日が当たる方にしたいという希望を聞き、周囲の石にぶつからない位置を選んだ。母は鈴の入った包みを抱えていたが、埋めずに家へ持ち帰ると決めた。息子の名を呼ぶためのものが、ひとつは手元に欲しかった。




