削れない距離
魔王ヴァルゼンは斥候ネインの報告を受け取った。右頬の傷と焼けた剣柄についての記載があり、目撃の信頼は高い。さらに剣の速度が以前を上回ったとあった。ダルムは握っていた槍の柄を強く押さえた。
護衛長は兵の訓練を倍にする案を述べた。だが魔王は、疲れた兵が増えれば村を守る手が減ると言った。生来の力が変わらなくても、石段の足場や盾の並べ方なら改められる。訓練は必要だが、命をすり減らすだけの命令にはしない。
イセラは過去の三度の戦いの記録を広げた。勇者の技は確かに変わっている。しかし復活した理由はまだ分からない。何度かの報告に共通する事実と、見ていない部分を紙の色で分けた。
ヴァルゼンは玉座の窓辺まで歩き、遠い空を見た。扉までは戻れる。その先へ一歩出ようとすれば体が動かなくなる。この王城で変わらない距離を、王は静かに測り直した。
王の前に並んだ記録には、かつて剣を受け止めた兵の名前があった。三度目に勇者の首を落としたとき、ヴァルゼンの傍らで盾を構えていた者である。その兵は今、古傷のため前線に立てず、城の門で働いている。王は彼の今の仕事を尋ねた。
ダルムは答えに詰まった。勇者の成長に気を取られ、部下がどこで暮らしているかを最近確かめていなかったからだ。門にいる兵へ無理な訓練を命じる案を撤回し、古傷のある者でも使える盾の高さを測った。王は勇者の新たな強さを否定せず、しかし自軍の足を壊す対抗策は採らなかった。
王は門に勤める古参兵へ休みの日を与えるよう命じた。三度目の戦いを知る者がまた戦場へ出ればよいわけではない。ダルムは兵の名を手帳に書き、翌朝、自分で門へ赴いて話を聞くつもりだった。強さの差は消えないが、部下の顔なら見に行ける。




