名を付けないもの
魔王ヴァルゼンは灰色の粉の報告を聞いた。護衛長ダルムは勇者の一行が森を通った時期に重なると指摘したが、学匠モールは二つを結びつける証拠はないと告げた。
王はモールの言葉を最後まで聞き、粉に勇者の名を付けて呼ぶことを禁じた。名を付ければ理由を知ったような気になる。兵たちが危険な葉を見落とすことも、何もない森を恐れることも避けたかった。
イセラは検体の封印番号を記し、採取場所の異なる袋を並べ直した。ダルムは警戒を続けながら、木こりを一人休ませた。戦いの備えと病の調査を混同せぬため、報告先も分ける。
謁見の間の奥では雨が窓を叩いていた。ヴァルゼンは何度も討った男の顔を覚えている。それでも窓の外の粉の正体まで、その顔一つで説明できるとは考えなかった。
ダルムは森の見張りを倍に増やすことを求めなかった。粉を避けるだけなら、採取場所を記した札と手袋の配布が役に立つ。モールは採取した者へ、その後に具合が悪くなったかどうかを尋ねる票を作った。問いは短く、答えられない欄があってもよい形式にした。
王はイセラへ報告書を見せ、見つかったものと見つからなかったものを分けて記せと頼んだ。粉の原因に勇者を置く者はいる。それが正しくても間違っていても、先に作り上げた答えへ現実を合わせてしまえば兵を危険にさらす。雨が止むと、庭の石から水滴が落ちた。誰もその滴を恐れなかった。
王の机には、森へ送る手袋の数も記された。大きさの違う手を持つ働き手のため、同じ形だけ揃えないようメルドが注意した。危険が不明な間にも、守り方は選べる。




