渡れない祝い
南の村では舟頭コルムの娘の祝宴が開かれる予定だった。向こう岸の知人が集まるが、渡し守ケルンは領域の境界から先へ行けない。かつて娘が病んだ際、夜通し舟を出したのは彼だった。
コルムは岸の石に酒瓶を置き、隣に一つだけ空の盃を並べた。ケルンは苦笑し、舟を寄せた場所から祝福の言葉を投げた。音は水面を越えたが、手を伸ばしても相手の肩には届かない。
祝いの料理は人間の若者が小舟で運んだ。ケルンは境界の手前で受け取り、村の古老と分けた。宴の歌が遠くで続く。誰もが同じ席へ座れないことを、娘も幼い頃から知っている。
夜、祝宴が終わるころ、対岸の灯が一つ揺れた。娘が手を振っていた。ケルンは盃を掲げ、川へこぼさぬよう最後の一滴まで飲んだ。約束は渡れなくても、祝いは届いた。
祝いの日は朝から川に風があり、舟の渡しには慎重さが必要だった。ケルンは酒瓶を運んできた使者へ、潮のように見える川の逆流を教えた。祝いの荷だからといって無理に急ぐなと伝えると、若い使者は正午の便まで待った。
コルムの娘は幼い頃、熱を出して川を渡れなかった。そのときケルンは夜の岸に灯を置き、対岸で探す人が居場所を見失わぬようにしていた。祝宴の料理にはその夜を覚えている老女の手作りの菓子もあった。ケルンは一つだけ取っておき、翌朝に持ち越した。境界の線が見えなくなる暗い川でも、自分が歩ける道は変わらない。
老女の菓子は川向こうの祝宴と同じ形に焼かれていた。ケルンは甘い香りを嗅ぎ、娘が子供だったころ舟の端で笑っていた姿を思い出す。境界があっても記憶まで分かたれてはいない。




