渡し守の値札
南の川で舟を出す渡し守ケルンは、客の足元を見る癖があった。濡れた靴の者は急ぎ、乾いた靴の者は交渉を始める。今日は対岸から人間の織物商が乗り込み、運賃が高いと不満を言った。
「舟の底を張り替えたばかりでね」
ケルンは厚い板を足で鳴らした。昨日より値上げしたのではなく、去年から据え置きの運賃だった。商人は舌打ちしたが、対岸の市へ急いでいたので銀貨を置いた。
川の中ほどには見えない境界がある。ケルンはそこまで舟を動かせるが、その先へ櫂を押しても舟が進まない。対岸から戻るときは人間の船頭が舟を曳いてくれる。二人は昔から交代で仕事をしていた。
織物商はそれを見て目を丸くした。
「魔族は泳げないのか」
「泳げるよ。あちらへ行けないだけだ」
ケルンが説明すると、商人は理解したような、しないような顔をした。魔族に生まれた者には普通のことでも、海の向こうから来た人間には奇妙な話だった。
対岸の酒場では川魚の値が上がっていた。今季は遡上が少ないという。ケルンは漁師の悩みを聞き、上流の堰を調べるよう勧めた。舟を降りる客を数える手つきで、今月の魚の数も覚えていた。
帰り際、酒場の亭主が東の森の話を始めた。狼が減ったのに街道へ人が増えた、という程度の噂だった。ケルンは黙って聞いた。川を渡す仕事をしていると、知らぬ土地の出来事が先に耳へ届く。
川を渡れない日には、ケルンは舟を繋ぎ、船縁の傷を削った。祖父から受け継いだ舟は、板を張り替えて形を変えてきた。それでも舳先の彫り物だけは残してある。祖父が最初に渡した客は、人間の花売りだったという。ケルンはその話が好きだった。両岸で別々の暮らしをする者が、同じ水を渡って来るからだ。
翌朝も舟は出る。境界は同じ場所にある。それを変えられないからこそ、ケルンは今日の水位を細かく記録した。




