買えない場所
メルドは南から届いた通行銭の訴えを読み、軍の費用を増やす案を退けた。徴収者の一団は人間であり、魔族の軍は越境できない。金を積んで傭兵を雇えばよいという声も出たが、その金の行き先を誰も保証できなかった。
魔王ヴァルゼンは席についたまま、川を渡る人間の商人と話せる場所を作れと命じた。扉の敷居まで歩いて止まり、護衛長ダルムが押さえた地図を見た。広い世界の大半を王の足では踏めない。
イセラは複数の商会へ宛てた文を起こした。宛先ごとに訴えが異なる。羊毛、魚、油、塩。それぞれの荷が止まれば誰が困るのか、同じ言葉で済ませないよう書き分けた。
文の最後には兵を送る約束ではなく、証言の場を開く日時が記された。戻ってくる返事は少ないかもしれない。それでもメルドは机の端に席札を二十枚用意した。交渉の席には、空席を残しておく必要があった。
席札の裏には、誰が来られなかったかも記されていた。川の増水で舟が出なかった商会、病人を看るため断った村長、理由を告げず返事をしなかった旅商人。イセラは最後の者にだけ印を付けることを避け、同じ筆跡で並べた。返事がないことと敵意は違う。
メルドは南の商道へ派遣できる人間の役人を探したが、王への忠誠を誓わせるだけでは住民の信頼を得られない。市場の代表に立ち会ってもらい、受け取った訴えを公に読み上げる場が必要だと考えた。ヴァルゼンはしばらく黙ってから、費用を出すなら議事録も皆が読める場所へ置けと命じた。守るべき土地へ出向けない王の、遠い場所への責任だった。
長く使った机には、前回の会合で付いた茶碗の丸い染みが残っていた。メルドはそれを拭き取り、今回の議事録を置く場所を空けた。




