雨を分ける地図
城の書記官イセラは三枚の地図を床に広げた。古い測量図、軍の見張り図、村人の通い道を描いた絵。境界の線はどれにも記されていたが、川が増水したときの迂回路は一致しなかった。
執政官メルドは砦から届いた二つの道標の報告を読み、村人の絵地図を真ん中へ置き直した。きれいな線で描かれた道より、実際に荷が通れる道が必要だった。魔王ヴァルゼンは玉座からそれらを見下ろし、村の大工へ確認を取るよう命じる。
イセラが新しい墨をすったとき、王は東で助かった旅人の消息を問わなかった。まだ療養しているという前報だけで十分だった。地図に載らぬ一人の痛みを、戦局の数字へ換えることをためらったからでもある。
地図は翌朝、三通に写されることになった。村へ一通、砦へ一通、城へ一通。誰かが道を直せば、残る二枚にも必ず知らせる。地図上の矢印は、命令よりも先に人の足元へ届かねばならなかった。
村人の絵地図には、小川の横へ大きな犬が描かれていた。イセラは意味が分からず首をかしげたが、メルドはあの家にはいつも吠える番犬がいると教えた。遠い山の形より、旅人にはその犬の声が目印になる。城の測量士は笑いかけてやめ、犬の絵を写し取った。
三枚目の地図では古い橋がまだ健在になっている。そこを通った荷運びが去年足を痛めた記録が残っていた。イセラは橋に赤い印を付け、直ったという知らせが来るまで消さないと決めた。王は絵の端に小さく「通れぬ者の道も記せ」と書かせた。魔族だけが行けぬ場所と、人間にも危険な場所は異なる。写された紙の上で、その二種類の線は初めて別の形を得た。
書き写すうち、イセラの指は墨で黒くなった。紙が乾くまで誰も地図を重ねず、窓の外の風向きを確かめていた。




