火のない烽火台
東の砦の上には、古びた烽火台がある。火を上げれば南の詰所まで警戒を伝えられるが、ここ十年ほど実際に煙が昇ったことはなかった。隊長のレシュは、薪が湿っていないか毎週調べている。
新しく来た二人の兵は、砦の狭さに驚いた。四方を高い壁で囲まれていると思っていたのに、実際には石積みと半分崩れた柵しかない。周囲の集落が砦の兵に食事を届け、砦の兵が畑を荒らす獣を追い払う。それで長いあいだ保ってきた。
「ここで大軍は止められません」
若い兵が言うと、レシュは薪の束を渡した。
「大軍を止めるための砦ではない。逃げる時刻を知らせるための砦だ」
東の森で四人の旅人が見られたという報せは来ていた。だが、まだ村を襲ったという知らせはない。烽火を上げれば子供は走り、年寄りは家財を背負う。その混乱に見合うだけの確かな危険が必要だった。
午後、村の若者が山羊を探しに来た。柵から逃げた一頭が古い石切場へ入ったらしい。レシュは兵一人を同行させた。勇者と呼ばれる者を警戒しても、いま目の前で困っている村人を放ってはおけない。
兵が山羊を連れて帰ると、砦に笑い声が戻った。山羊は見つかったが、紐に石切場の泥がつき、若者の靴は片方なくなっていた。
レシュの父はかつて、烽火を誤って上げたことがある。狼の群れを人間の軍勢と見間違え、村の者が暗い森へ逃げて怪我をした。だからレシュは、警戒を遅らせることも早めすぎることも恐れていた。兵には見た数、距離、方向を分けて書かせる。曖昧な不安を、曖昧なまま命令へ変えないためだった。
夜番に立ったレシュは、火のついていない烽火台を見上げた。火を使わずに済む日が一日増えたことを、誰にも報告しなかった。




