字を知らない相手
東の村で牛を助けられた少年は、差出人不明の手紙を何度も読み返した。字は整っていたが、父親が使う書き方とは違う。少年は返事を書こうとし、最初の一行で筆を止めた。宛名をどう書けばよいか分からなかった。
教師サラは城下の学校から村を訪れたとき、その相談を受けた。相手の名が分からないなら、『牛のことを覚えている人へ』でよいと教えた。しかし手紙を誰に運んでもらうかは別の問題だった。
村長は見知らぬ者へ返事を出すことに慎重だった。手紙が自分たちの場所を知らせる手がかりになる可能性もある。少年は反発したが、母親は宛先を知らないなら、まず家で大切に保管してはどうかと提案した。
少年は返事に、牛が元気になったことと、あの日から林へ一人で入っていないことを書いた。相手が敵か味方かは書かなかった。助けられたことは消えず、怖かったことも消えなかった。
夕方、サラは村の子供たちへ読み書きを教えた。教室はないので、石倉の軒下へ板を置いただけだった。字を覚えた子供は、自分の名前の次に、家族の名前を書きたがった。
少年は返事を書きながら、牛の絵を一つ添えた。描いた角は左右の長さが違い、母親は本物とそっくりだと笑った。少年は照れて紙を隠したが、サラは絵なら言葉を知らない相手にも伝わるかもしれないと言った。村の小さな出来事がどこまで届くかは分からない。手紙を手元へ残しておくあいだも、その絵は二人の間で小さな話題になった。
少年は手紙を封じて母親へ渡した。いつか届ける日が来るかもしれない。来なければ、書いた言葉は自分たちが覚えていればよい。母親は封を戸棚へ入れ、牛に餌をやる時間だと声を掛けた。




