行商の置き手紙
南の市場に届いた荷には、一通の手紙が紛れていた。宛名は『東の砦で牛を助けてもらった少年へ』。差出人の名はなく、表には小さな牛の絵が描かれている。魚売りリナが見つけ、守備隊長グラドへ渡した。
グラドは封を開けず、東へ送るべきか迷った。誰が書いたかも分からず、危険な品が入っている可能性はないとは言えない。しかし手紙を焼いてしまえば、待っている人の言葉まで消える。
中身を確かめるため、書記官イセラの許しを得て封を開いた。短い文章で、牛が無事ならよかった、という内容だった。剣の男の仲間が書いたのか、旅の途中で話を聞いた別人なのか判断できない。
グラドは手紙を東へ回し、少年へ渡すかどうかを村長と相談してほしいと添えた。内容を伏せて恐れだけを伝えれば、少年はきっと自分の見たものを話さなくなる。
数日後、東の村長から返事が来た。少年は手紙を読み、牛は元気だと答えたという。返事はまだ書いていない。自分の名を知らない相手へ、どう届ければよいか分からなかったからだ。
紙の端には旅先で押されたらしい小さな丸印があった。イセラは商人が荷を分類するための印と似ていると指摘したが、手紙を出した者がその商人だとは限らない。グラドは紙の大きさと折り方を記録し、封の切れ端も一緒に保管した。少年の家へ届けるとき、紙の傷みが増えないよう布で包む。小さな便りにも扱い方を誤れば失うものがあった。
市場の片隅では人間の荷車が荷を降ろし、魔族の子が魚の値段を尋ねていた。リナは手紙のことを誰にも話さず、いつものように売り物を並べた。消息の分からぬ者同士が、短い言葉だけ交わすこともある。




