悪い兆し
「夜久さん。さっさと準備してください」
「待ってくれ遠矢。今、依形の事前チェックが終わるから」
今回は俺とセレスタではなく、別の組み合わせで巡回任務に出ることになった。
宵宮先輩が、体調不良で欠勤だったからだ。
恐らく、体調不良の原因は二日酔いに違いない。
あの人は討魔士としては凄腕だが、人としては少し問題がある。
セレスタもそうだが、討魔士は不真面目な方が強くなれる法則でもあるのだろうか。
「ここも異常無し。次行きます」
「少し休憩しないか。この時期でも、水分の補給は大切だと思う」
「必要ありません。澱みの発生があるかもしれませんから」
「いや、だからこそ体調を万全にしとくいう意味で……」
「普段から管理しておけば、常に万全なはずです」
これは、別に彼女が俺のことを嫌っているからではない。
彼女は同僚なら、誰に対してもこういう態度なのだ。
自分も真面目な方だという自覚はあるが、彼女は堅物過ぎる。
そんな会話を交えながら規定ルートを進んでいると、携帯計測器が異常を検出した。
時間をあまり置かずに、スマホから緊急警報が鳴り響く。
「何?まただと?どうなっているんだ」
「今は確率論なんてどうでもいいです。ここは視界が悪いから、上から人魔を探します。オーマ」
依形の覚醒と共に、耳先まで伸びている彼女の髪が、熱風で激しく揺れ始めた。
彼女の向こう側のビルが、ぐにゃりと熱で歪んで見える。
皮膚が赤く煌めく竜の鱗へと少しずつ移ろい、角と尻尾が内側から食い破るように出てきた。
少し離れていても分かる熱い鼓動は、オーマの出力の強さを肌で感じさせる。
変化を終えて、ビル群の上空に跳んで行った彼女を見上げる。
オーマは体内で生じる余剰エネルギーを鱗の隙間から噴出し、移動や攻撃、防御に転換できる。
本当なら、俺が父親から譲り受けるはずだったもの。
だから、メカニズムはきちんと理解している。
足りなかったのは、俺の実力と努力だった。
「発見しました。ここから約1キロメートル先の、小さな公園です。位置データを送信します」
「分かった。一度戻ってきてくれ」
「いえ、このまま私が先行します」
「待て!民間人の避難が済んでる以上、焦る必要はない!」
「量産型なんて、足手まといです」
彼女は俺の制止も聞かずに、一人で行ってしまった。
俺は違和感を覚えた。普段の彼女なら、二人一組で動く討魔士の原則を、自ら破るような真似はしない。
「まさか……」
依形のデメリットの一つ、精神汚染がすぐに思い浮かんだ俺は、ビルの隙間を急いで駆け抜ける。
腕にある量産型の依形が、いつもより重く感じた。




