後悔1
アタシはセレスタ達がいる現場へ車を走らせる。さっき通話越しに耳にした言葉が、ずっと頭から離れない
乙型人魔。それは5年前の事故を、嫌でも脳裏によぎらせた——
夜久家に次ぐ、討魔士の名家として有名な宵宮家。
そこに長女として生まれたアタシは、当然のように周囲から期待されていた。
下手に才能があったもんだから、神童なんて持ち上げられて、天狗になっていた。
でかい自尊心で調子に乗ったアタシは、討専を学年トップの成績で卒業し、当時の第五対策班に入った。
そして、伸びに伸びた長い鼻を折ったやつこそが、明野だった。
明野は、生まれつきの天才だった。
黒縁眼鏡をかけて、濃紺の三つ編みお下げとかいう、ザ・委員長みたいな見た目のくせに、生意気にもアタシより強かった。
アタシや他の名家の連中みたいに、依形への耐性が特別高いわけではない。
でも、誰よりも依形の扱いが圧倒的に上手で、引退するまで戦闘で怪我をしたことが一度もなかった。
当時の討魔士の中でも、文句なしに最強だった。
「よお、キルリーダー。今週も大活躍だったらしいじゃん」
「その変な呼び名やめてください……せめて、リーダーでお願いします」
「うわ、自分が一番って自覚はあるんだ?いい性格してんね」
仕事終わりに皮肉を言っても、正面から言い返してくる精神的な強さもあった。
最初の頃は、目の前のたんこぶとして一方的にアタシが嫌っていたけど、いつの間にかそんなことはどうでも良くなっていた。
ちゃんとした理由は今でも分からないけど、たまたま気が合った、というのが大きい気がする。
それに唯一、酒の強さではアタシが勝っていた。
「おいリーダー、二件目行くぞ二件目!」
「む、無理……もう吐く」
「大丈夫大丈夫!最強のリーダー様なんだから余裕だって!」
飲み過ぎた翌日は、当時の班長に二人して怒られたっけ。めちゃくちゃ酒臭かったもんなあ。
乙型人魔という新種が出始めたのは、アタシ達が討魔士になってから三年目の春だった。
当時はまだ、討魔局の中でも意見がまとまってなくて、地方によって対処方法が違ったりしたもんだ。
アタシ達の地方は、現場の討魔士の判断に任せるっていう、今考えたら信じられないやり方だった。
そして、そんな状況の中、あの事件が起こった。
アタシと明野は、表通りから外れた、いつもの巡回ルートを進んでいた。
設置型計測器があるのは、車も入れないような狭い路地だ。
早速調査をしようと思った瞬間、澱みの発生を計測器が感知し、ややあって緊急警報が周囲に鳴り響いた。
アタシたちはすっかり慣れた動作で、まずは周囲の状況を確認する。
この頃は逃げ遅れた民間人の保護が最優先で、依形の発動は任意だった。
そんな中、ゴミステーションの側に小さな角の生えた、挙動不審の子供がいた。
一目見て分かった。あれは人魔だ。それも、新種の乙型。
「おい、こいつって例の新種だよな?どうする?」
「まずは会話してみましょう。あなたとも友達になれた私なら、いける気がするの」
「おいこら、どういう意味だそれ」
あの頃は乙型人魔の特性が判明していなくて、無害な人魔かもしれない、なんて声もあった。
会話ができる以上、人魔の生態を知るために、まずは話をしてみようという方針も自然だった。
それに、こっちを見て怯える相手に武器を向けるなんて、当時のアタシにはできなかった。
「ねぇ、君。君はどこから来たの?名前は?」
「おい、ビビッてねぇで答えろって。別になんもしねぇから」
明野は人間の子供に対してそうするように、しゃがんで相手と視線を合わせた。
アタシは当然、見下ろしながら圧をかける。攻撃するつもりはないが、決して油断はしない。
「あ、あの……おいら、おいら……すごくお腹が空いて、自分が自分じゃなくなりそうで、それが怖くて」
「甲型と違って、本能を理性で抑えているのかしら。大丈夫、私たちが君を保護してあげるから!」
「おいおい、それを決めるのは上だろ?出来ない約束はしない方がいいって。それに……ん?なんだ誤作動か?」
アタシ達が乙型人魔と話していたその時、携帯計測器が新規の澱みを感知した。
有り得ない現象だった。通常、澱みは一体の人魔を生み出し、その人魔が死ぬと消える。
人魔がいる間に新しい澱みが生まれたなんて、今まで一度も聞いたことがなかった。
「なあリーダー、計測器の調子がおかしいんだけど——」
返事の代わりに一度も聞いたことのない、明野の断末魔みたいな悲鳴が、周囲に響き渡った。
目の前で起きたことをすぐには理解できなかった。だって、明野の両足が消えて、断面図から血が噴き出ていたから。




