消えない傷
——合流前
先輩の運転する社用車が、僕の生まれ育った街を走っていた。助手席の窓から、そっと外を覗く。
今日は近くの火山が元気なのか、街中には灰が舞っており、他県ナンバーを見ると同情してしまう。
並走する路面電車のデザインは、僕が小さい頃から全然変わっていなかった。
今回はアーケード街を中心とした巡回ではなく、産業通り沿いを抜けて、いくつかの港を回るらしい。
僕が新人だから、澱みの発生件数が少ない場所を、あえて担当させてもらっているらしい。
緊張と責任感のせいで固まる僕を見て、先輩は次々と話しかけてきた。
「確か、新人くんって短期討魔士だよね。じゃあ、3年でさよならって感じ?」
「はい……や、やっぱり討専出てないと、派遣って言われて、馬鹿にされたりしますかね?」
「そんなの都会だけじゃない。そもそも地方じゃ、討魔士なんて常に人手不足なんだし」
「その……僕、模擬戦の成績があんまり良くなくて……足を引っ張るかもしれません」
「大丈夫大丈夫!アタシと、このカイジンに任せなって。最初のうちは、自分の身を守ることを優先しな」
第五対策班に行く時、周囲からは宵宮アカネに気を付けろと言われていたけど、普通にいい人そうで安心した。
まあ、今朝のことも考えると、それも間違いではないかもしれない。
先輩と話しているうちに、最初の目的地である港に着いた。火山のある島と僕らの街を繋ぐ、定期便が出ている港だ。
関係者専用スペースに駐車して、二人とも車から降りる。
この時期特有の冷たい潮風が吹いて、僕は思わず身震いする。先輩の方をチラッと見ると、全然平気そうだ。
「さて、さっさと計測器のチェックをして、早めの昼休憩にするよ。」
「えっ?でも、午前中に全箇所回って、午後からは成果物を作るのが普通ですよね?」
「まあそう慌てるなって。ちゃんと提出まで含めて、今日中には終わる計算だから」
他の対策班と違って、この第五対策班はかなり緩いようだ。それなのに、この地域の対策班トップの戦績なんだから信じられない。
いや、班長があの元最強の討魔士なんだから、何もおかしくはないか。
僕と先輩は、潮風が当たらない港の倉庫裏に移動し、設置されている澱みの計測器を調べた。
専用のデバイスと計測器をケーブルで接続してから、チェック用のコマンドをデバイス側で走らせた。
しばらく時間がかかるので、その間、計測器に物理的な破損がないかを外から見る。
海が近いせいか表面が少し錆びていたので、錆取り用の薬剤を雑巾に染み込ませ、ケーブルに気を付けながら拭き取った。
めったに人魔が出ない地区とは言え、いざという時に不具合が起きたらシャレにならない。
「真面目だねぇ新人くんは。そこまでしなくていいのに」
「そんなことありませんよ。万が一ってこともあるので……」
「あ、ごめんリーダーから連絡。はいもしもし。ああ、こっちは順調だよ。新人くんに色々と教えてあげてるところ……は?それ、場所はどこよ」
楽しげに通話していた先輩の顔から、人間らしい色が一瞬で抜け落ちた。
僕はその顔を見た瞬間、心臓を鷲掴みにされたのかと錯覚した。
「ごめん新人くん、予定変更。先に市電とか市バス使って、オフィスまで一人で戻って」
先輩は早々に残りの作業を終えて、一人で駐車場へと走っていった。
僕は戸惑いながら、アーケード街の方へ走り去っていく社用車を見送ることしかできなかった。




