喋る怪物
とりあえず、現場の判断だけでは決められないので僕が対象を監視しつつ、コウヤに連絡を任せた。
乙型人魔の存在は知識としては知っていたが、1年以上討魔士をやってきて遭遇するのは初めてだった。
乙型人魔は、初期段階ではコミュニケーション能力を維持しており、人間の言葉も通じる。
しかし、いつ変異して甲型人魔になり、人を襲うか分からないとされている。
実際に見たことがないので、どうなのかは知らない。
「では、普段通り対処します。はい、市民の避難は完了済みです。また、終わってから連絡します」
「リーダーは何て?」
「変異する前に、一気に片付けるべきと言われた。やるぞ」
リーダーと通信機で会話しながらこちらに戻ってきたコウヤは、いつもと違って声に力強さがなかった。
正直、僕もあまり乗り気はしない。だって、乙型人魔の見た目は、まるで依形を発動させた討魔士のようだから。
僕たちが意を決して依形に手を掛けたその時、ただ震えるだけだった乙型人魔が声を上げた。
「ま、待ってください!ここから離れます!ここから離れて、人里離れた場所に行きます!だから殺さないでください!」
初めて、人魔から命乞いをされた。それも、自分の危険性を理解しているかのような言い方だった。
先程、澱みから生まれたばかりのはずなのに。
もしかして人魔は、記憶とか知識をある程度持って生まれてくるのかな。
「ど、どうするコウヤ?逃がしてあげる……?」
「……馬鹿言うな。野生動物とは訳が違うんだぞ。俺たちと同じ言葉を使うからって、惑わされるな」
「お願いしますお願いします!誰にも迷惑はかけませんから……!」
困惑する僕と、冷静に職務を全うしようとするコウヤ。そして、テーブルの下から出てきて頭を地面に擦り付ける人魔。
その空気を打ち破ったのは、無線機から聞こえてきたアカネの声だった。
「リーダーから聞いたけどそっちに乙型人魔が出たんだって?今、新人と二人で現場近くにいるから、そっちに合流する。まだやるなよ」
「了解です。宵宮先輩、対象を監視しつつ、この場で待機します。」
自然と、ほっと息が漏れた。
アカネはああ見えて討魔士としてはかなりのベテランで、現場では頼れる先輩なのだ。
きっと今回も、みんなが納得できる形に収めてくれるに違いない。
20分ほどして現場にやって来たのは、アカネだけだった。
まっすぐ、こちらに向かって来る。その表情は、いつもと少し違う気がした。
「あれ?さっきまであの新人くんと一緒にいたんじゃ?」
「帰してきたよ。乙型人魔は、新人には精神的な負担が大きいんでね」
「あの、先輩。セレスタが討伐を躊躇ってしまって……正直、俺も少し迷いがあります」
「じゃあ、久々の教育ってことでアタシに任せな。起きろ、カイジン」
依形を発動するアカネから、普段の陽気さがすっかり消えていた。
乾燥した時期には似合わない、ジメジメとした空気が辺り一帯を包む。
元々長いアカネの脚が変形し、下半身全体が、流線形のヒレを持つ青肌の馬になり、一時的に四本脚になった。
異変を感じ取った人魔が、恐る恐る顔を上げる。
「ちょ、待ってアカ——」
僕が止める間もなく、人魔の頭上から馬の蹄が振り下ろされ、一瞬で頭部を粉砕した。
そこに、処刑人の迷いや葛藤は一切なかった。
アカネはすぐに半人魔化を解除し、リーダーに連絡を入れた。
呆然とする僕たちを見て、対策班オフィスにいる時と変わらない態度で、軽口を叩く。
「あん?なんだお前ら。鳩が豆鉄砲を食ったような顔しやがって。お、せっかくだし、この後、新人誘って4人で飲みに行くか?」
コウヤも今回ばかりは、アカネの発言に突っ込む余裕はないみたいだ。
今まで表面しか見ていなかった僕は、アカネという人間を全く理解していなかったことに、初めて気づいた。




